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B.C.500年頃 施釉古代ペルシャ小壷
サイズ 口径2.8 胴径7 高台径4 高さ11.5cm
* 紀元前500年頃の小壷ということで譲り受けたのですが・・・
日本では弥生時代、中国では戦国、秦、前漢・・時代に当たります
「ペルシャのやきもの 8000年の美と伝統」によると、
(1) 紀元前550年にアケメネス朝ペルシャが成立し、イラン地方では、前代に引き続き無文土器が生産されるとともに、施釉陶器では青釉陶器が作られるようになったが、 この時代は金銀器、青銅器が発達し、施釉陶器の出土はあまり知られていない
(2) メソポタミアとイランでは、アルケサス朝パルティア(BC250〜AD250)の後半期の紀元前後頃から緑釉陶器の生産が盛んになった
壷には・・・
の記事があります
この小壷には緑釉がかすかに残っていますので、どちらかと言えば2に該当するのではないかと私は判断しています
古美術店主はBC500頃と言っていましたが・・・
ほんの少ーーーし残っている緑釉です・・・
高台です
虹彩もわずかに見受けられます
* PadapadaさんのIdeaにより水に30分ほどつけてみました
茶色(褐釉?)がはっきりと出ました
胴の下から2/3くらいのところを境に文様か色が変わっていたのかも知れません
上と下では色合いが明らかに異なっています
もちろん土臭も香るようになります・・
<ペルシャのやきものの歴史の概略>
イランではBC7000年に農耕・牧畜社会が成立し、BC6000年頃、本格的な土器が出現し「土器新石器時代」が始まる
始めは軟質土器で、褐色や黒色の顔料で幾何学文様などが施された
BC3000年頃から1200年頃までは「青銅器時代」で、やきものは黒色の幾何学文や山羊などの動物文様が描かれ器面が研磨された硬質土器が焼かれた
BC1200年頃から「鉄器時代」に入り、イランでは施釉陶器の生産が始まった
BC550年にアケメネスペルシャ朝が成立し、・・・以下上記の青色の記述の通りです
< ロクロの歴史> ウィキペディアより
轆轤は青銅器時代に広く使用されるようになった
* 古美術店から友人が購入したものを私が譲り受けたのですが、何しろ馴染みが薄く上手く説明が出来ません
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2011年10月15日
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