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李朝 白磁平茶碗
口径 15 高さ 5 cm
* 李朝初期の造形の1つですが、数は少ないようです・・・
K学会の方は李朝初期白磁平良茶碗の優品でよいと言ってくれたのですが、きれい過ぎるようにも見えます・・・
出来だけみると釉色もよく造形もきりりととして、かなりの優品に見えます・・・
高台は薄作りですが竹の節高台、高台の中側は深く削ってある、底部は割りに分厚く造ってあるなどの特徴も備えています・・・
* 李朝白磁の誕生と衰退 ⇒インターネット記事より(日本骨董学院 院長 細谷隆男氏)
今回は朝鮮陶磁器の中でも地肌の美しさ、フォルムの爽やかさから人気の高い「李朝白磁」についてお話しいたします。
白磁の歴史は私の知る限りでは中国の王朝、北斎(550年から577年)にその類例が見られ、唐時代にほぼその技術は発展した形を示します。
もともと白磁とは、白い土に透明な釉薬をかけたものをいいます。しかし優れた陶土であっても、それは必ずしも白くなく、中には鉄分などが多く、焼くと灰色や茶色になる土も多くあります。
そこで白い土を水に溶かして、器体にかけた化粧がけや、刷毛で白土を塗った後に透明な釉薬をかけるやきものが出現します。
こうした白土をエンゴベイともいいます。唐の白磁にはこうした作品が多くみられます。
朝鮮半島においても、黒い焼きものが三国、新羅時代の中心をなし、それらは日本に伝わり「須恵器」に発展します。 しかし黒い焼きものは基本的にお墓の副葬品として使われることが多く、貴族たちは次第により美しい色のやきものを求めるようになっていきました。
それが色絵と白磁に大きく分かれていきます。色の作品もきれいで、人々の目を楽しませてくれましたが、人々の目は次第により高度な色合いと姿を求めるようになり、白の持つ高貴さ、純白な清楚さ、高潔さに惹かれるようになりました。
朝鮮半島では古くから仏教がその宗教的世界の主流をなしていましたが、13世紀後半から14世紀初めに儒教(朱子学)が伝来し、次第に広がりを見せました。 それにともない清楚さ、潔癖さ、純粋さをイメージする白が宗教的にも重要視されるようになり、白磁の隆盛をみるようになります。
1392年の李成桂による朝鮮王朝(李朝)の成立以後、ハングルが創製されたり、白磁が国王の御器に指定され、15世紀になると白磁の一般使用が禁止され、1500年のはじめには朝鮮朱子学(儒教)が確立されます。
高潔、高邁な人格を求められ、そうした象徴の白が彼らの生活の場にも持ち込まれ、白磁の隆盛を見ます。
この頃に花を咲かせるのが李朝白磁ということになります。
白い清楚な美しい姿のやきものが登場します。私も李朝白磁のもつ、やさしい慈愛にみちた白の作品が好きで集めています。
それらの名品はソウルに近い広州を中心に焼かれていて、大きく分けると朝鮮半島中央部の鶏龍山から広州道馬里(とまり)窯に至る初期白磁。
中期の金沙里(くむさり。きんさり、きむさりともいう)窯、後期から晩期の分院里(ぶんいんり。現地ではプノンり)窯に分類できると思います。・・・・以下省略 * 造形の類例は少なくインターネットで次のものが似ているのかなーと思ったくらいです
66さんの下記TBのものも同じタイプです
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2013年02月18日
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