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琉球赤絵高台皿と思いたいのですが・・・
直径 22.5 高さ 8.5 cm
箱書きは「明代異国風赤絵台皿」となっています
胎土は色、弾いた時の音から陶器と思われます
柔らかい感じで隙間なくびっしりと花紋様が描かれています
見た瞬間にズシンッ!と響く重みを感じます!(もしかして錯覚かも・・・
* 安くて面白そうなものを見つけてはそれを調べる・・・こんなことが好きでヤフオクで落札したものです
この高台皿は絵柄、色彩がとてもユニークで、家内は「これは琉球の陶器です!」と断言しているのですが・・・はっきりした根拠はもちろん無く、単なる感覚で・・・
下の写真は19世紀のペンチャロン焼(タイ)?で某古美術の写真をお借りしました
* 琉球赤絵の歴史はまだ定まったものは無いようで、琉球王 尚貞王が1670年平田典通を中国に派遣して赤絵の技術を習得させたという説と1800年頃から焼かれたのではないかと言う説があるようです
* 造形で類似品を探すとペンチャロン焼が見つかりました
ペンチャロン焼はアユタヤ王朝後期の16世紀末から17世紀前半頃、中国(当時の明)より、白い磁器に多色の上絵具を焼き付ける技法が伝えられました(この場合は3色)
当初は、タイ国王が職人を中国に送り、そこで製造した物を、タイ王室御用達としてタイに輸入していました
(年代を見てみると、ペンチャロン焼と琉球赤絵は同じ頃焼成されたと考えられます
ペンチャロン焼は1800年頃からは金彩を用いた赤絵磁器に変わって行きました)
当琉球赤絵?は陶器と思われますので、胎土で言うと該当しないように思います
* 明〜清時代の赤絵の絵付けを調べてみましたが、当琉球赤絵?のような絵柄は見つかりませんでした
又民芸運動の理論家であり、実践家であった柳宗悦氏が昭和14年に沖縄を訪れた時に「琉球赤絵は宋赤絵を彷彿させるもの」と称賛したそうです
宋赤絵は陶質の赤絵であり、その後の元時代赤絵などは堅い磁器質でした
このことからも、琉球赤絵?は明〜清朝期の赤絵ではないと言えると思います
としますと、消去法で琉球赤絵台皿と判断して良いのではないか・・・?
* しかし最終的には自分では判断がつかず、某美術館に見解をお願いしました
琉球赤絵の研究に役立って欲しいなー!と願って・・・
いくらかでもご存知の方、コメントをお願い致します<m(__)m>
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2015年03月31日
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