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歴史探訪その3 産業遺跡 明延鉱山(日本遺産) 兵庫県養父市
と国道R429
* 歴史探訪その1、神子畑鉱石選別場に採掘した鉱石を送っていた鉱山です
現在、全体の外観は鉱山の下の方からしか見ることが出来ません
・ 坑道を見学希望の場合は、「日曜日10時からの見学会に参加してください」ということでした→明延自然学校が受けつけています
1200円です
週日でもTELにて予約すれば1人でも見学可能です
・ ↓ 下方から見た外観
・ ↓ 当時の第一浴場と坑道付近の信号機
* これ以外に鉱石運搬車などが見られますが、神子畑鉱石選別場のものと同様ですので省略します
かっての外観はインターネット写真を拝借します
< 明延鉱山> → ウィキペディアより
明治初年(1868年)、生野銀山とともに官営となり、1896年(明治29年)に三菱合資会社に払い下げられた
1973年(昭和48年)に三菱金属株式会社(現三菱マテリアル株式会社)となり、1972年(昭和47年)のオイルショックをきっかけに、1976年(昭和51年)に三菱金属の子会社として分離・独立し明延鉱業株式会社となる
1912年(大正元年)に明延鉱山の鉱石を神子畑(みこばた)選鉱所に運ぶためにつくられた 5.75 km の鉱山列車「明神電車」は、1952年(昭和27年)以来、乗車賃「一円」で乗客を運んだことから、「一円電車」として有名になったこともある
粗鉱生産量は、ピーク時の戦時中から1951年(昭和26年)頃には月産 35,000 t、閉山前頃には、銅、亜鉛、スズの粗鉱生産量が月産 25,500 t であったが、プラザ合意後の急激な円高に伴う銅、亜鉛、スズの市況の下落により、大幅な赤字を計上することとなり、まだ採掘可能な鉱脈を残して、1987年(昭和62年)1月31日午後11時20分の発破を最後に、同年3月をもって閉山した
2) 国道R429には吃驚しました
帰りは国道R427を通って帰ったのですが、途中、国道R429と交差しています
丹波市青垣付近なのですが、その交差点での道路標識です
何と幅3mの部分が4kmもあるのです
もちろん4kmは離合困難との標識もあります
離合困難とは離合できる広い所がないと言うことなんです
幅3mですと私の車1台でもやっという感じです
ここを左折してR429に入ります
続いて・・・
離合困難は4kmですが、その後10kmくらいまでも同様で、ほんの所々離合できそうな狭い場所があるくらいでした
前回の神子畑鉱石選別場探訪の時には思い切って行って見ようと福知山に抜けたのですが、離合困難の10kmくらいまでは1台の車とも出会いませんでした
当然ながら知っている人はここを走らないのですね・・・
この狭くてくねくねした道を何kmもバックするのはかないませんものねー
この付近には同じような国道が他にもありますが、4kmも狭くはありません・・・
こんな国道が日本にもあるのか?と最初は(@_@)しました!
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2017年07月19日
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