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樽見鉄道「さくら列車」で行く根尾の薄墨桜と桜のトンネル谷汲山華厳寺 というタイトルのバスツァー * 岐阜県の有名な根尾の薄墨桜を見に行こうということになり、今日4月8日に行ってきました お天気は日本全国雲が無いであろうと言うくらいよいお天気でした コースは、 兵庫県K市 8時10分→(名神高速道路経由)関が原IC→霞間ケ渓(かまがたに)公園(揖斐関が原国定公園)→谷汲山華厳寺→樽見鉄道織部駅→(樽見鉄道経由)終点樽見駅→(徒歩20分)根尾の薄墨桜→帰路 19時30分 K市着 (1)揖斐関が原国定公園内の霞間ケ渓公園 霞間ケ渓公園附近はたくさんの桜がありましたが、これといって特筆するようなものは無かったように思います 桜は全て天然記念物に指定された桜でした 江戸時代以前に植えられた日本古来の桜と言うことです 日本古来の桜かどうかは幹を見て判別するそうです 花びらは少し小振りなんでしょうか・・ (2)谷汲山華厳寺 西国33ヵ所巡礼満願寺です 今回は桜巡りですので寺のいわれは省略します 総門から仁王門までの桜のトンネルは見事でした 仁王門です 華厳寺です 帰りの参道風景です 両側に55軒の昔からの店が並んでいて、みな繁盛しているようです こういう参道を見るとほっとします 昼食は精進料理風でした ツァー料金が5980円ですからこんなところで最高でしょう・・・ (3)樽見鉄道 織部駅です 道の駅も併設されています 織部は言わずと知れた古田織部の織部で、彼の生誕地がこの附近にあるそうです 蛇足ですが、古田織部は信長、秀吉、家康に仕えた戦国武将で、利休に並ぶ茶道の指導者でした 織部駅から終点樽見までの沿線にもたくさんの桜が見られました 約30分の鉄道の旅でした 樽見駅です (4)薄墨桜 樽見駅から徒歩20分です 樹齢約1500年だそうで、国の天然記念物に指定されています どなたもご存知でしょうが、この薄墨桜は日本三大桜(三春滝桜、山高神代桜、根尾谷淡墨桜)の一つです 今までたくさんの巨木を見てきましたが、樹齢は1000年まででしたので、この桜の別格の樹齢には、びっくり!!!でした 薄墨のいわれは、花が満開になると、花びらが薄い墨を刷いたように一時黒く変化するからだそうです 今日は5部咲き位だそうでしたが、黒くはなっていないようでした あと2〜3日で満開なのでしょうか・・・ さすがに根元はぶっといッ!!! 「桜切るバカ梅切らぬバカ」と言いますから、桜はキズつけないように大切に扱うのでしょうね・・・ この桜1本で周囲の店の人たちが生活しているのですから、大変な宝物だと言えると思います・・ 正に生きた骨董です 今日は一日桜づくしでした!!! 近々吉野山にも行きたくなりました
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小さな旅
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この夏は故郷に法事で帰りました ついでに出身高校のある栃木市を弟と一緒に20年ぶりくらいに訪ねました 懐かしいものです 東京の浅草から東武線特急で約1時間、2000円です 栃木市などと言っても、関西方面の方は知る人はほとんどいませんし、栃木県が日本のどの辺に位置するかもご存知ない方も多いようですので、少し紹介してみようと思います 栃木県は北関東にあるということはよいとして、栃木市は栃木県の南の端の方にあります 東京もそんなに遠くありません 明治の最初の頃は栃木市がメトロポリタンだったのですが、その後餃子で有名な宇都宮市に移りました 明治17年のことです 栃木市は街中を川が縦横に流れていますので、東京とは川を利用して交易を行っていました 明治期に東北本線の施設計画が出たときに、川の運行業者が栃木市を通過することに反対しましたので、東北本線は小山市の方を通ることになりました そして栃木市は取り残されたのです 東北線は明治15年に工事が着手されました しかし今では当時の川の運行に使用した船着場と荷物を保管する倉庫をきれいに整備して、「蔵と川の街 」としてちょっとした観光地になっています 休日にはたくさんの日曜画家、写真家が訪れるそうです お盆すぎでしたので、やや閑散としていましたが、川くだりの船は運航されていました 若きお嬢さんが船頭でした こんな感じの建物が残っています 木造建築の明治期の銀行もあるのですが、今回は行けませんでした 今は栃木市役所支所となっていますが、栃木県の最初の県議会が開かれたところです どの建物も昔と違って、きれいにペンキが塗られたりしていますが、かっては古ぼけていました 川には鯉が溢れるほどいたのですが、今回はちょっと寂しい感じです 街の写真館です 出身高校の栃木高校です まだ木造の図書館、講堂が残っていました 正門入り口近くには女性のブロンズ像がありました 写真の右端にちょこっと写っています やはり近代的ないでたちに変わってきているのですねー 美術愛好家にはうれしいことです 校訓もありました 是非覚えていて欲しいなーという言葉です 校訓 独立自尊 和信敬愛 進取創造 質実剛健 栃木市のすぐ南にある我が生まれ故郷の村の廃校になった小学校です 学校入り口の門柱には「静和村立尋常高等小学校」と彫ってあって、えっ!とびっくりしました そうだったのかなー?・・・覚えていません・・・ 尋常高等小学校とはもう一つ前の世代の呼び方ではないかと思うのですが・・・ 校舎が一棟残っていましたが私が在校していた頃のものより大分新しいようでした 大体ペンキなど塗ってありませんでしたから・・・ それはそれはお粗末なものでした 校庭の片隅に「二宮金次郎」像が頑張っていましたが、背中のたきぎと本は地に落ちていました さすがに年月を感じました <二宮尊徳(金次郎)> 二宮 尊徳(にのみや そんとく、天明7年7月23日(1787年9月4日) - 安政3年10月20日(1856年11月17日))は日本の江戸時代後期に「報徳思想」を唱えて、「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導した農政家・思想家 二宮金次郎(尊徳)は江戸時代末期に農民の子として生まれ、貧しい少年時代を過ごしました 彼は朝から晩まで真面目に働いていましたが、本を読む時間があったらその分働け、というわけで家では勉強させてもらえなかったのです そこでたきぎを運ぶ道中でもに本を読んで勉強したのでした 金次郎は後その能力を認められ、各地で農村復興などに力を尽くしました ナスが大好きな金次郎はある年、その味がおかしいことに気付き、飢饉の到来を予測し、悪天候に強い作物の生産を奨励しました 果たして飢饉はやってきましたが、その地方では餓死者を出すことなく乗り切った、という逸話も残っています 昭和の初めのころ、大日本帝国主義(だいにほんていこくしゅぎ)をとった日本政府は、彼の姿勢を戦争に利用するために、銅像にして全国に建てました そう言うことでしたので、戦後、多くの銅像がとりはずされました 大日本帝国主義とははなれ、純粋に彼の業績や姿を奨励するものとして、銅像が建てられた学校もあります ・・・という人ですが帝国主義者ということではありません
栃木県とゆかりが深かったので、栃木県今市の二宮神社にまつられています |
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今は夏休み中ですので、参考になるやも知れないということで、花を見るH交通社のバスツアーを紹介してみます タイトルは<「天空の200万輪ゆりの楽園」と「雲上のお花畑伊吹山」と「梅花藻」・伊吹3大味覚>というものでした 8月一日(土)、わが兵庫県K市を朝7時30分出発 名神高速、湖西道路などを経由して、第一目的地滋賀県の琵琶湖近くの箱館山(標高690m)に10時に着きました ここは元来スキー場ですが、夏はゆりで観光客を呼ぼう???と今年の7月にゆり園をOpenしたそうです 200万輪のゆりがあるとなっています ここでは大雨で雷まで鳴って、ゴンドラも途中でストップ、20分ほど缶詰になりました 30分ほど予定が遅れましたが、ここから国道161、8号線などを経由して13時20分、関が原のレストランに到着、昼食となりました 天下分け目の関が原の戦いのあったところですが、これといった史跡もなさそうでした 昼食は「伊吹3大味覚涼風山の幸膳」ということで結構豪華で、私には充分過ぎるくらいでした 飛騨牛冷しゃぶ、近江牛あぶり寿司、鮎の塩焼き、鴨肉ロースト、よもぎそば、伊吹の山平目(こんにゃく)の酢味噌和え、自家製豆腐、メロンでした 関が原を14時20分に出発、15時に伊吹山(標高1377m)に到着、山に登っている途中は雲の中でしたが、駐車場に着く頃には急速に天候も回復、ほっとしました 伊吹山の高山植物も今が盛りと咲き誇っていたのですが、予定が遅れていましたので、花をじっくり見る時間が無かったのが残念でした かと言って花の名前を知っているわけではありませんで、分かるのはコオニユリくらい、小さなオニユリくらいでした 伊吹山は高山植物の宝庫として有名です 写真のようにたくさんの高山植物の花が咲いていましたが、いい加減なことは言えませんので、名前の説明は省略します 1番良く目に付くピンク色の花はイブキジャコウソウ?かなと思うのですが・・・ 最後の写真は、天候が急速に回復、山頂付近に下降気流が発生し、雲が山頂から谷に向かって(右から左へ)急速度、急角度で駆け下りる珍しい光景でした 雲が滝のようになって落ちて行くかのようでした 写真技術のせいでその状況が上手く表現できませんでしたが・・・ Benさんならきっと上手く撮るでしょうに・・・ 15時50分に伊吹山を出発、16時30分に米原市醒井(さめがい)に到着しました ここは旧中仙道61番目の宿場で醒井の水宿場と言われる所で、最近売り出したのでしょうか・・ 旧中仙道に沿って、地蔵川が流れていて、清流そのもでした ここでは「梅花藻」と水が有名なようです 絶滅危惧種の淡水魚ハリヨが生息しているそうですが、見ることは出来ませんでした 水は飲んでみましたら少し甘い感じがして、今までに味わったことは無いように思ったのですが・・・ 名水饅頭も美味でした・・・ 他に居醒の水、本陣跡などの史跡もあります 小規模ながら楽しい時間の過ごせる気持ちのよい宿場です <醒ヶ井の梅花藻> 中山道を流れる地蔵川のバイカモはキンポウゲ科の水生多年草で、清流でしか育ちません 7〜8月ごろに、梅の花に似た白い小花を咲かせることから『梅花藻(バイカモ)』の名が付きました 夏の最盛期には直径1.5cmほどの愛らしい花が一斉に川面から顔を出します 夏の終わりの地蔵川は、川沿いに植えられたサルスベリの花が落下して、梅花藻の白とサルスベリの紅で彩られます <居醒の水> その昔、伊吹山の荒ぶる神と戦った日本武尊が毒の霧にあたって意識朦朧となった時、この地の清水に身を浸して意識が戻ったと言い伝えられている すなわち、この物語を伝える古事記や日本書紀は、日本武尊(古事記では倭建命)が身を浸した清水を「居醒水」と呼んでいる ということで写真の立像はご存知日本武尊です 17時30分に醒井を出発、20時にわが町に到着でした 夕食は軽くさば寿司、至れりつくせり、悪いなーなんて思ったしだいです 〆て7800円のツアーでした 今回は家内との旅でした |

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