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長恨歌に詠われた楊貴妃
* 前々回にUPした半裸?の美人画の画賛は何と書いてあるのであろうかと勉強しているうちに、中国の日本でも有名な白楽天の書いた叙事詩「長恨歌」であることが分かりました
そこで似たような作品がないかとヤフオクで探しましたところ今回の作品が見つかりました・・・
ずいぶんと色っぽいですけど・・・
・ 水彩画と思いますが、こういう作品はいったいどのようなジャンルに属するのでしょうか・・・?
<長恨歌>
長恨歌」(ちょうごんか)は、中国唐の詩人白居易によって作られた長編の漢詩である。唐代の玄宗皇帝と楊貴妃のエピソードを歌い、平安時代以降の日本文学にも多大な影響を与えた。806年(元和元年)、白居易が盩厔県(陝西省周至県)尉であった時の作
原文(白文)
漢皇重色思傾国 御宇多年求不得 楊家有女初長成 養在深閨人未識 天生麗質難自棄 一朝選在君王側 迴眸一笑百媚生 六宮粉黛無顔色
春寒賜浴華清池
温泉水滑洗凝脂
■書き下し文
漢皇色を重んじて傾国を思ふ 御宇(ぎょう)多年求むれども得ず 楊家(ようか)に女(むすめ)有り初めて長成し 養はれて深閨(しんけい)に在り人未(いま)だ識(し)らず 天生の麗質自ら棄て難く 一朝選ばれて君王の側(かたわら)に在り 眸(ひとみ)を迴(めぐ)らして一笑すれば百媚(ひゃくび)生じ 六宮(りくきゅう)の粉黛(ふんたい)顔色(がんしょく)無し 春寒くして浴を賜(たま)ふ 華清の池
温泉水滑(なめ)らかにして 凝脂を洗ふ ■現代語訳
漢の皇帝は美女を好み(国を傾けるような)美女を欲していました。 在位中、長年探し求めましたが得ることはできませんでした。 (その頃)楊家に娘がいてようやく年ごろになったばかりでしたが、 家の奥にある婦人の部屋で育てられていたので、まだ世間には知られていませんでした。 (しかし)生まれ持った美しさは捨て置かれることはなく、 ある日突然選ばれて、皇帝の側に仕えることになりました。 (彼女が)瞳をめぐらせて一度ほほえめば何とも言えぬ艶かしさが生じ、 宮中の美人たちは色あせて(見えて)しまうほどです 春まだ寒いころ、華清池の温泉を賜った
温泉の水は滑らかに白い肌を洗う
・ 青色の部分を絵にすると温泉からあがる楊貴妃の姿になり、半裸の女性が楊貴妃として描かれるのだと思います
* この作品の画賛は上記赤字の部分です
* この作品はマクリですので、飾るのが難しく、さしあたり私のパソコン部屋の出入り口に鋲で止めてみました
家内が「また賑やかになったわねー(^^)/といってくれるかどうか・・・
<世界3大美人>
他の三大の大半と同様に、日本以外の国では知られておらず、日本起源のものと考えられる
一般に以下の三人の女性を指す
このほか、小野小町の代わりにヘレネ(トロイアの女王)を加えたり、楊貴妃の代わりに虞美人(紀元前中国楚の将軍項羽の愛妾)を加える場合もある。 実際に容貌が美しかったというよりは、女性としての魅力によって歴史上に名を残した人物という意味合いが大きい
・・・とのウィキペディアの記事があります
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中国 絵画 木彫像
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山蘭 画 「(長恨歌の)楊貴妃」
紙本 軸仕立て 絵 27x47 cm
* 長恨歌の楊貴妃を描いた作品でごく最近の作のようです
* 画賛です
* 軸仕立てになっています
* 画賛がようやく分かりました
長恨歌の一節です
(長恨歌は、中国唐の詩人白居易によって作られた長編の漢詩である
唐代の玄宗皇帝と楊貴妃のエピソードを歌い、平安時代以降の日本文学にも多大な影響を与えた
↑ ウィキペディアより)
天生麗質難自棄、一朝選在君王側
- 天性の美は自然と捨て置かれず、ある日選ばれて王の側に上がった
回眸一笑百媚生、六宮粉黛無顏色 - 視線をめぐらせて微笑めば百の媚態が生まれる。これには後宮の美女の化粧顔も色あせて見えるほどだ
春寒賜浴華清池、温泉水滑洗凝脂 - 春まだ寒いころ、華清池の温泉を賜った。温泉の水は滑らかに白い肌を洗う
侍兒扶起嬌無力、始是新承恩澤時 - 侍女が助け起こすとなよやかで力ない。こうして晴れて皇帝の寵愛を受けたのであった
玄宗皇帝が寵愛しすぎたために安史の乱を引き起こしたと伝えられたため、傾国の美女と呼ばれる
壁画等の類推から、当時の美女の基準からして実際は豊満な女性であった
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直感は正しいのか?
中国古代ガラス馬俑? (BC1世紀 頃?)
約 10x5 高さ 6 cm
* 私なりに考えてみると、各人の直感力はその人自身の持つ感性力に経験、学習などが加わってできた、事象に対する各個人によって異なる判断力と思います・・・
美術館や博物館、オークション会場などに暇をみては出かけて楽しんでいるうちに、直感力は案外向上しているのではないかと思う時があります・・
その直感力が「これは素晴らしいもんだぞ!」としきりに訴えるので、ヤフオクでこの馬俑を落札しました・・・
もちろん高価なものには手は出せませんが・・・
届いたものを見て、
❶ ガラスの赤色がルビーのように美しい(赤色は金を溶剤に使っているとの説があります)
❷ 造形が生き生き伸び伸びしている
❸ 日の日銀化している部分がある日の
❹ 古代中国漢時代から以降、副葬品としてよく馬俑が造られて来た
特に小型のものは漢時代に多い
などから、これは本物の「漢時代 ガラス馬俑」と私の直感が判断しました・・・(だとすると、かなりの貴重品? ⇒ 希望的願望ですが・・・)
しかし、参考資料、インターネット記事などには、ガラスの馬俑の例は今のところ見つかっていません・・・
皆さんの直感力では如何でしょうか?
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木彫人俑 明十三陵出土品?
男女一対 約26cm
* Kさん!お待たせしました!
俑は秦の始皇帝の兵馬俑が有名ですが、俑は皇帝の副葬品として古くから作られてきました
木製の俑は極めて稀だそうです
* 左が女俑、右が男俑と思います
女性には髪飾りがついているように見えます
体格が違うようです
男俑には髭らしきものが描かれています
それぞれの各部分です
下記の写真は、資料本「明十三陵 万暦帝定陵地下宮殿出土宝物」に載っている人俑です
(資料本に載っているものは精巧な仿作とのことです)
(明十三陵といいますと、訪れた経験のある方も多いと思います
観光名所になっています)
万暦帝は豊臣秀吉と同じころを生きた明第14代皇帝です
この資料本によると
地下宮内を一度水が通ったため、木俑はほとんど水にふやけ中には腐ったものもある
木俑の形状や飾りは一様でなく、
1) 人俑の大部分は松の木で作られている
2) 20〜28cmくらいである
3) 男女を問わず、顔に白粉をつけ、眉毛を黒く染め、唇に朱を塗っている
と記されています
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中国古代加彩俑(ハニワ)鶏
高さ 11 cm
AD600年前後の隋時代?
* 高級古美術品ではないですが、いかにも骨董らしいハニワと思います
わずかに透明釉が残っている表面と赤色加彩部分があります
立派な造りの古い箱に納まっています
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