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荻原季美子 「女」 日本画 紙本岩彩 F20
* 人間の心の奥深くに潜む本性、情念を女の姿を借りて描いた作品ではないか?と感じた作品です
それが女流画家、荻原季美子さんの目指す方向、特徴なのかと・・・
10年ほど前にこの画家の作品の写真をインターネットで見て以来、いつか実際の作品を見てみたいと思ってきましたが、ようやく実現しました
・ ↓ 「第10回山種美術館賞展」に出品した時の荻原季美子さんの作品です(平成元年)
この作品では穏やかな表情をした女性が描かれています
「女を描くことによって、女の抱えている小宇宙を描きたいと思いました」との荻原季美子さんの弁が載っています
* 荻原さんの作品は数が少ないようですので、唯一発行された???図録を和歌山県立美術館のご好意によりコピーを送って頂きました
その中の一枚です
荻原さんは、女性の持つ小宇宙を描きたいということですが、この作品は妖艶過ぎるくらい妖艶のように感じます・・・
が、にも拘らず女性の内面を描こうとした作品と思います
数は少なくとも興味を持たれる方もおられると思いますのでUpしてみました・・・
「怖い絵の美人版」とも言えるかも知れません・・・
と言うことは女性は怖いと言うことかも・・・
↓ すごいなー!としか言いようがありません
「女 虹の蛇」
* 他にもこのような女流画家の作品ががあるのだろうかと探してみましたら、島成園 「おんな」(黒髪の誇り)がありました
島成園の作品の中でも女の情感?を描いたような作品はこれ一点のようです
・ 島成園
日本画家
大阪生、名は成栄
・ 鏑木清方
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日本画: 浮世絵 美人画 武者絵
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二宮金次郎(1787〜1856) 日本画 掛け軸
公人としては二宮尊徳
尊徳は一般には「そんとく」と読んでいるが、正式の読みは「たかのり」 相模国足柄上郡栢山(かやま)村生れ 少年期に父母を失い、災害で没落した家を独力で再興し、この体験をもとに天地人三才の徳に報いることを説く報徳思想を確立した また、家・村を復興して興国安民を実現する仕法を体系化した 文政5年(1822)に小田原藩に登用され、天保13年(1842)には普請役格の幕臣となる 関東とその周辺の諸藩領・旗本領・幕領・日光神領の復興や個別の家・村の再建を依頼されて指導した 下野国今市(いまいち)の仕法役所で没す * 二宮金次郎は、向学、勤勉、貯蓄のモデルのような一生を送った地域づくり、財政再建の専門家で、報徳運動の元祖です
戦前はどこの学校にも、二宮金次郎の銅像がありました
今もまだ残っているところもあります
私の母校の小学校にも崩れてはいますが、まだ残っています
* 報徳思想とは・・・
二宮尊徳(金次郎)が道徳と経済の両立を説いた思想と、それを受け継いだ思想をさしています
* 時代背景
二宮金次郎は、1787年に生まれて1800年代前半に活躍した人だ
この1700年後半から1800年前半にかけては、現代と重なる部分が多い時代で、人口もGDPもほとんど増えない低成長が続いていた
(インターネット記事より)
こんな時代でしたから、今、彼の思想を再勉強するのも今の日本の再生に役立つかも知れませんね・・・
* 戦後に二宮金次郎の銅像が撤去された理由
二宮金次郎の銅像は、戦時中に政府が、彼の勤勉な姿勢を国民に浸透させることと、愛国心を植え付ける目的で全国に建てました
そのために、戦後は、その反動で銅像を取り外された例が多いのです 特別に、撤去命令があったわけではないので、現在も残っているところも有ります ボロボロに崩れたものは修理して欲しいなー!と思うのは私だけでしょうか・・・ TBされたPadapadaさんの記事も合わせて読んでください
詳しく説明されています
作家と時代は不明ですが、大正〜昭和初期くらいでしょうか?
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浮世絵 肉筆画 絹本 |




