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高麗砂張(響銅)匙・・・高麗初期頃
長さ 24 cm
* 優雅な曲線美を描いた取っ手です
「響銅」(さはり・きょうどう)とは銅を主とし錫・鉛・銀などを加えた合金で、打つとよい音がするのでこの名があり、「砂張」「佐波理」とも言う
元々は黄白色だが、土中に埋もれているうちに、緑青が生じたり酸化により黒く変色するが、、この匙は「水古(すいこ)」と呼ばれる黒い酸化皮膜で覆われています
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高麗 李朝 他
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高麗青磁翡色刻文茶碗(鉢)
口径 17 高さ 6 cm
* 状態は悪いですが、がちがちの本物ですと言うことで購入したものですが、見ようによってはどのようにも見えるようです
その例がこの記事の課題です
* 判定
A・・・・ある骨董屋さん
B・・・ある古美術専門会社?
C・・・ある古陶磁研究家かつ陶器作家
の3人の方に写真をお送りして、見ていただきました
Aさん・・・贋作
Bさん・・・現物を見ないと分からない
Cさん・・・限りなく真作に近い
私は見ただけで本物!と実感しましたが・・・
* Cさんは桃山陶磁の窯跡発掘調査などをしながら、研究、制作をされて来ただけありまして、見方も学術的に正確、精緻なものと思います
見方として、とても参考になると思いますので、記事をUPしてみます
「高麗翡色青磁刻文鉢」の見解
この鉢は当時の本物に対し100%に限りなく近い作品です。 よって当時の本物 と言っても過言ではないと思います。
詳しく申せば、朝鮮青磁の最高峰の翡翠色が出た製作磁器より時代は下ります。 しかしこの色合いは朝鮮青磁特有の色合いであり、現代物でも、また当時を模し た贋作でもありません。 その根拠は写真(01)の茶碗横姿の中央に横に走る線彫りにあります。この線 は当時の朝鮮茶碗には多々見られ、 口縁部1cm位した彫られた物や、この茶碗のように中央にあるものもありま す。 また見込みにある円形は「鏡」と言います。日本の楽茶碗の「茶溜り」の源流です。 その鏡にはテライがなく、かつ素朴で 贋作や現代物のように綺麗ではありません。
この風合いがとても大事なんです。
次に写真(03)の高台ですが、全体の作行きから比べると、とてもしっかり丹 精に作られています。 高麗青磁の場合はもう少し高台に稚拙さが出ていますが、「カイラギ文様」ですので、丹精に作成されたものもありますので このような高台が存在した可能性は十分あると思います。(この部分で100% 限りなく近いと言う表現を使用) また写真(02)では線彫り絵の動きの変わる(私の表現では稚拙さがある)線 彫りであり、当時らしい雰囲気を十分出しています。 そして縁に放射状に広がる無数のこの貫入は、経年の証です。 と言う見解をいただきましたが、とても参考になると思い記事にした次第です
古美術の鑑定がいかに難しいか、鑑定は必ずしも正確でない、鑑定する人によって異なる・・・などが実証された例でした
* 骨董友人はいつも「骨董屋は売る時は本物、買う時は偽物、自分のものは本物、他人のものは偽物」と言っていましたが、いくらかはそんな気がしますね・・・
頼むは自分の目なんですけど・・・・これがねー・・・
以上から考察しますと素人は、信用できる人、店から購入することが肝心だと分かります
よく、これは何で500万だったとか言う人がいますが、売る時は1/10以下なったり、酷い時にはニセモノだから3000円ですとなることもあると思います
「何でも鑑定団」で見る通りになる可能性も大いにある世界ですね・・・夢見心地でフラフラしませんように!!!
特にインターネットでは・・・現物を見ませんから・・・
ゆめゆめ油断召さるな!!!
宝物は本当に自分が好きなものということでしょうね・・・!(^^)!(#^.^#)(*^^)v
<高麗翡色青磁とは・・・>
朝鮮の代表的な陶磁として、気品ある高麗青磁、清楚な朝鮮白磁、そして奔放な粉青沙器が世界に名を馳せています
なかでも高麗青磁は優美かつ繊細な色と形、高度な作陶技術により高く評価されています 10世紀初頭、朝鮮半島に初めての統一国家として高麗王朝(918-1392)が誕生 仏教文化の風土と高貴な気風のもとに、高麗では中国青磁の影響を受けつつも、次第にそれらを昇華し、「翡色青磁」と呼ばれる特有の翡色の釉色と文様装飾によって、粋を極めます
12世紀中ごろには、装飾技法がさらに深化し、独自の象嵌青磁が生まれます そこには、雲間を飛翔する鶴の群れや、牡丹や菊などをモチーフにした穏やかで品格ある世界が広がっています 『袖中錦』の作者太平老人は、12世紀前半に、中国最良の鑑識眼で天下の第一級品を選び出そうとした
そこで白磁については定瓷(定窯の白磁)を最高とし、青磁については龍泉窯ほか数々の中国の名窯を差し置いて、高麗秘色青磁を第一と評価したものである
というくらい評価の高い青磁のようです
翡色は時代によって変化していきましたが、
当時の最高級品である王陵の出土品で見ると
(1) 仁宗の長陵(1146年)出土の青磁4点は「淡い緑褐色を帯びた灰青色」 (2) 明宗の智陵(1202年)出土の青磁12点のうち10点は「緑色を帯びた灰色」 (3) 熙宗の碩陵(1237年)出土の青磁は「淡い緑色を帯びた灰色」
(4) 13世紀後半は「淡い青色を帯びた灰色」に変わっていく ⇒ インターネット記事を参考にしています 最近の中国、朝鮮との関係を考えますと、中国もの、朝鮮ものの記事にはどうも意気が上がりません・・・
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李朝 白磁平茶碗
口径 15 高さ 5 cm
* 李朝初期の造形の1つですが、数は少ないようです・・・
K学会の方は李朝初期白磁平良茶碗の優品でよいと言ってくれたのですが、きれい過ぎるようにも見えます・・・
出来だけみると釉色もよく造形もきりりととして、かなりの優品に見えます・・・
高台は薄作りですが竹の節高台、高台の中側は深く削ってある、底部は割りに分厚く造ってあるなどの特徴も備えています・・・
* 李朝白磁の誕生と衰退 ⇒インターネット記事より(日本骨董学院 院長 細谷隆男氏)
今回は朝鮮陶磁器の中でも地肌の美しさ、フォルムの爽やかさから人気の高い「李朝白磁」についてお話しいたします。
白磁の歴史は私の知る限りでは中国の王朝、北斎(550年から577年)にその類例が見られ、唐時代にほぼその技術は発展した形を示します。
もともと白磁とは、白い土に透明な釉薬をかけたものをいいます。しかし優れた陶土であっても、それは必ずしも白くなく、中には鉄分などが多く、焼くと灰色や茶色になる土も多くあります。
そこで白い土を水に溶かして、器体にかけた化粧がけや、刷毛で白土を塗った後に透明な釉薬をかけるやきものが出現します。
こうした白土をエンゴベイともいいます。唐の白磁にはこうした作品が多くみられます。
朝鮮半島においても、黒い焼きものが三国、新羅時代の中心をなし、それらは日本に伝わり「須恵器」に発展します。 しかし黒い焼きものは基本的にお墓の副葬品として使われることが多く、貴族たちは次第により美しい色のやきものを求めるようになっていきました。
それが色絵と白磁に大きく分かれていきます。色の作品もきれいで、人々の目を楽しませてくれましたが、人々の目は次第により高度な色合いと姿を求めるようになり、白の持つ高貴さ、純白な清楚さ、高潔さに惹かれるようになりました。
朝鮮半島では古くから仏教がその宗教的世界の主流をなしていましたが、13世紀後半から14世紀初めに儒教(朱子学)が伝来し、次第に広がりを見せました。 それにともない清楚さ、潔癖さ、純粋さをイメージする白が宗教的にも重要視されるようになり、白磁の隆盛をみるようになります。
1392年の李成桂による朝鮮王朝(李朝)の成立以後、ハングルが創製されたり、白磁が国王の御器に指定され、15世紀になると白磁の一般使用が禁止され、1500年のはじめには朝鮮朱子学(儒教)が確立されます。
高潔、高邁な人格を求められ、そうした象徴の白が彼らの生活の場にも持ち込まれ、白磁の隆盛を見ます。
この頃に花を咲かせるのが李朝白磁ということになります。
白い清楚な美しい姿のやきものが登場します。私も李朝白磁のもつ、やさしい慈愛にみちた白の作品が好きで集めています。
それらの名品はソウルに近い広州を中心に焼かれていて、大きく分けると朝鮮半島中央部の鶏龍山から広州道馬里(とまり)窯に至る初期白磁。
中期の金沙里(くむさり。きんさり、きむさりともいう)窯、後期から晩期の分院里(ぶんいんり。現地ではプノンり)窯に分類できると思います。・・・・以下省略 * 造形の類例は少なくインターネットで次のものが似ているのかなーと思ったくらいです
66さんの下記TBのものも同じタイプです
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李朝(初期) 平茶碗
サイズ 直径 13 高さ 4.5cm
* 古美術店主によれば李朝初期白磁平茶碗ということで、奥の方から大切そうに出してきたものです
「30数年李朝モノを扱って来ましたが、こんなカイラギ状のものは初めて見ました」ということでしたが・・・
別の古美術店主によれば「初めて見るようなものは買ってはいけません」ということでしたが、私は真作と思うのです???
キズの無いところはいいですね・・・
白磁の色変わりはありますがカセも少ないです・・・
高台の土見せの部分は水をスッ!と吸い込みます
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復古李朝? 合子
直径 21 高さ 11 cm
* 耳新しい言葉ですが、”復古李朝”というものではないかと言うことです
見た目通り柔らかい感じです
絵付けは松に鶴?で日本的ですから、日本産なんでしょうか?
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