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昭和47年(1972年)7月に登場したオリンパス OLYMPUS M-1(昭和48年 1973年 5月OM-1と改名)は小型軽量化と膨大なシステム構成により従来の大きく重たいシステム一眼レフの概念を変える物でした。
特にフォーカシングスクリーンの交換方式は画期的な方法でした。
「OLYMPUS OM-1に追い付け」と奮起したのがミランダカメラでした。
当時のミランダカメラは設計の古いダイカストしか持っておらず建て増しする事でシャッタースピード優先のEEまでは製品化していましたが既にこのダイカストでは限界を迎えていました。
ミランダカメラはAICの指示もあり小型軽量化と当時、注目されていた電子化に舵を取ってしまいます。
小型軽量のボディー、レンズは開発出来ました。
シャッタースピードの低速側とセルフタイマーの電子化は予定よりかなり遅れてしまいましたが何とか完成しました。 但し、耐久性はテストする余裕はありませんでした。 機械的な連動で作動すると思っていたモータードライブが当初の考えでは作動しない事が判明しました。 カメラ本体の耐久性の無さと無調整で取付可能としていたモータードライブが大誤算でした。
窮地に立たされたのは株主であり海外での販売を行っていたAICです。
AICはミランダに3年間の保証を付けて販売していましたので販売済のモータードライブが付かないdx-3は全てクレーム処理しなければなりません。
モータードライブを取り付ける為にボディーを加工するより交換した方が安価と思われるような状況ですのでミランダを倒産させたのも分かるような気がします。
結局、OLYMPUS M-1の登場はミランダカメラを倒産させるほど大きな影響を与える物でした。
画像はミランダdx-3モータードライブです。
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日記
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ミランダの倒産はそう言う事だったのですね。☆ナイス記事
2012/11/22(木) 午前 11:38