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サン光機とは
古くから白里村に勢力を持っていた上代家は農業、漁業、酪農を経営してきたが、昭和に至っていずれも崩壊した。
上代 斎氏は東京に出て「五城光機製作所」を引き継いだ、昭和19年「反射鏡製造の研究」の補助金を受けた。 戦後北今泉に工場の一部を移し「サン光機」と改称しカメラ、レンズの製造を始めた。需要は飛躍的に伸び「サン光機」は香港に進出「恒星光学有限公司 太陽牌神鏡」を発足させます。 サン光機に続いてオーションレンズが起こり、更に泉工学が発足し、この三社を取り巻く下請け研磨工場が数多く操業した。やがてサン光機が倒産し、昭和50年オーションレンズが操業を中止した。 白里村には、伝統産業の漁業、織物、と新興産業のレンズ生産ありで賑わっていた。 五城光機製作所とは
上代光学研究所、五城光機製作所
・五城光機製作所
東京都淀橋区下落合1−67 ・上代光学研究所
東京都淀橋区下落合2−875 ・昭和14年7月、上代斉(かじろひとし)氏が上代光学研究所を設立。
・昭和16年、カメラ製造の制限強化に対応して、五城光機製作所を新設。 ・昭和16年後半、五城光機製作所の新設により、旧工場と商標権を国策精工に譲渡。 参考文献:クラッシックカメラ専科No14「リコーカメラのすべて」朝日ソノラマの写真レンズの夜明け・レンズ屋奮戦記、井上光朗。 レントゲン撮影用レンズK.O.L XEBEC 5cm f1.5を製造
当時のレントゲン撮影用レンズとして帝国光学のズノーは有名ですね。 五城光機製作所の前身である上代光学研究所は帝国光学と同等の技術を持っていたようです。
以上の文書はサン光機、五城光機製作所について書かれた複数の文書をまとめさせていただきました。
サン光機が突然出現しズームレンズを設計、製造、販売した訳ではありませんでした。
優れた技術を持つ上代光学研究所が発展した姿でした。
Soligor Miranda Zoomがサン光機製だとガッカリしそうでしたが 技術的にはかなりの物を持ったメーカーだったようです。
9cm f4.0 Sun Sola
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製造番号について
製造番号NO.S35548、NO.S35600、NO.S35631は確認しています。
35600からスタートと思っていましたが 下画像のNO.S35548がeBayに出品されています。
マウントはミランダ用ではありませんがマウント以外は同じ物です。 通常はレンズナンバーから製造本数を推定可能なのですが
私の持っている90-140mm F2.8がNO.S35620(確認済み)ですので?
同じ時期に2種類のレンズを製造し出荷先が同じなので連番にしたのでしょうか?
これでは製造本数は推定不可能です。
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AICのカタログには
90mm-140mm F2.8 : 1962年
105mm-175mm F5.6 : 1963-1965年 に載っていたそうです。
カタログでは、「注文により希望のマウントへ改造する」ようなことが書いてあるそうです。
キヤノンフレックスマウントの105mm-175mm F5.6がeBayに出た事があります。 日本製のズームレンズです 製造はどこなのでしょう?
私が所有するレンズの製造番号は
90-140mm NO.S35620
105-175mm NO.S35631 レンズナンバー先頭のSを製造会社の頭文字とすると
・サン光機
・三協光機 この2社の内どちらかの可能性が高いと思われます。
一部の方は下の画像のレンズ(SUN TELE ZOOM 110-180mm F4.5)からサン光機製とされています。
下画像 SUN TELE ZOOM 85-210mm F4.8 T mount
確かにプリセット絞りリング、三脚座等はそっくりです。
製造番号について
105-175mm 製造番号NO.S35548を確認しています。
105-175mm 製造番号NO.S35631を確認しています。 製造番号の謎については次回とします。 |
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「MIRAX」は、米国カメラメーカーのARGUS社のアジア輸出窓口として日本に作った子会社「極東アーガス」(のちアーガス商事)の日本向けブランド。
と書かれたブログなどが複数見受けられるが この当時、米国製の品が日本を含むアジアで販売可能だったのか?
当時の為替レートは1ドル360円 現在の4倍程度の価格になってしまいます。
これでは商売になりません。
極東アーガスは安価な日本製品を調達する為の窓口と考えた方が自然でしょう。
アーガスC-3用の交換レンズとしてソリゴール・エリター135mm F4.5がAICから販売されていますしソリゴール名のカメラもAICから販売されていました。
極東アーガスはAICの子会社だったのかもしれません。
極東アーガスとアーガス商事は無関係な別会社とするのが正しいのではないでしょうか。
アーガス商事が法人となった時には既に極東アーガスは存在していましたし極東アーガスが消えた訳でもありません。
両社は同時に存在していました。
現在の極東アーガスは分かりませんが同名の会社は存在しています。
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