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ミラックス商事はミランダカメラの国内販売商社です。
AICとは無関係でしたのでミランダカメラ倒産後もミランダカメラの修理を行っておりました。
35mm判のコンパクトカメラ、110カメラをOEM供給を受けミランダ名で販売しておりました。 私はミランダカメラの残党と呼んでいますが カメラから離れられなかったようです。 ミランダカメラから移られた方も居られたようです。 アーガス商事と社名変更
ミランダとは関係を絶つ意味もあったのかもしれません。
アーガスは米国のカメラ名 ソリゴールブランドでアーガス用の交換レンズがあります。 ソリゴールと言う名称が既に海外で使用されていた為 アーガスとしたのかもしれません。 海外でのソリゴールブランドはAICが絡んでおりますので使いたく無かったのかもしれません。
アーガス商事には元ミランダカメラの方がおられました。
アーガス商事に電話したところミランダカメラの事を聞くことができました。 AICを怨んでいた事は間違えありません。 アーガス商事はミランダカメラの復活を目標にしていましたが夢は叶いませんでした。
アーガス商事から販売されたカメラの名はMIRAX MICRO 35「ミラックス」です ミランダが製造したミラックス ラボレック、ミラックス商事の「ミラックス」です。
現存するアーガス商事と同じ会社かは未確認です。
ヤシカと似たよう感じがします。 |
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2012年11月22日
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昭和47年(1972年)7月に登場したオリンパス OLYMPUS M-1(昭和48年 1973年 5月OM-1と改名)は小型軽量化と膨大なシステム構成により従来の大きく重たいシステム一眼レフの概念を変える物でした。
特にフォーカシングスクリーンの交換方式は画期的な方法でした。
「OLYMPUS OM-1に追い付け」と奮起したのがミランダカメラでした。
当時のミランダカメラは設計の古いダイカストしか持っておらず建て増しする事でシャッタースピード優先のEEまでは製品化していましたが既にこのダイカストでは限界を迎えていました。
ミランダカメラはAICの指示もあり小型軽量化と当時、注目されていた電子化に舵を取ってしまいます。
小型軽量のボディー、レンズは開発出来ました。
シャッタースピードの低速側とセルフタイマーの電子化は予定よりかなり遅れてしまいましたが何とか完成しました。 但し、耐久性はテストする余裕はありませんでした。 機械的な連動で作動すると思っていたモータードライブが当初の考えでは作動しない事が判明しました。 カメラ本体の耐久性の無さと無調整で取付可能としていたモータードライブが大誤算でした。
窮地に立たされたのは株主であり海外での販売を行っていたAICです。
AICはミランダに3年間の保証を付けて販売していましたので販売済のモータードライブが付かないdx-3は全てクレーム処理しなければなりません。
モータードライブを取り付ける為にボディーを加工するより交換した方が安価と思われるような状況ですのでミランダを倒産させたのも分かるような気がします。
結局、OLYMPUS M-1の登場はミランダカメラを倒産させるほど大きな影響を与える物でした。
画像はミランダdx-3モータードライブです。
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ミランダのMLアダプターはライカスクリューマウントボディーにミランダマウントレンズを取り付ける為のアダプター。
画像はレオタックスにミランダマウントの21mmレンズ。
MLアダプターは引き伸ばし機にミランダのレンズを取り付ける為のアダプターと言うのが本来の使い方だったのかもしれませんが画像のような使い方で無限遠から使用可能です。
MLアダプターとM4/3 ライカスクリューマウントアダプターを組み合わせるとM4/3ボディーに色々なレンズが取付可能になります。
ミランダのマウントアダプターPM(M42 ペンタックススクリューマウント)アダプター、AXM(エキザクタ自動絞り)アダプター、XM(エキザクタ、トプコン)アダプター、NM(ニコンF)アダプターを使用して世界中のオールドレンズがM4/3で楽しめます。
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