|
2011年11月13日に福島市で開催された『東日本女子駅伝』。信夫ケ丘競技場からスタートし、折り返し地点を経て同じ競技場へと戻ってくる42.195キロ。一人ひとりの選手が勝利と希望を胸に最後まで走り抜きました。
福島市の開催ということで放射線が心配という声もありましたが、選手たちは元気に走り抜き、そして観客は選手たちの奮闘に歓喜しました。
今回、『東日本女子駅伝』に参加した選手たちや福島市の皆さんにインタビューをし、感想を聞いてみました。
■完走した選手たちの声「福島のためだけに走ろうと思った」
宮城チームの大久保美里選手(17)は「すごく不安で一杯だったが、上位で繋げることができて本当に良かった」、福島チームの近藤綾乃選手(21)は「今回は福島のためだけに走ろうと思った。 上位をキープできてよかった。いつも以上に応援が多く心に響いた」と、満足に走ったことへの達成感や、震災後の地元の大会に参加した感想を述べました。
今回の大会のために、福島市に3日間宿泊していたという埼玉チームの菊地優子選手(19)は、記者の「福島でのマラソン開催をどう思ったか」という質問に、「周囲(親や友人)は放射能を心配していた。
自分も不安がないわけではないが、長く住んでいる地域住民の方がいるので、そのようなことは言っていられない。かつて合宿で来たことがあるので、自分も復興に協力したいと思った」とのこと。
・東京からやってきた写真家は
写真撮影のため東京からやってきたという写真家は「福島にくることを最初はやや不安に思いました。 本当に危険かどうかがわかっていないため、ふたつの意見に分かれています。
福島は大丈夫という意見、そして大丈夫ではないという意見。どちらにしても(福島市内で)砂場などで子どもたちが無邪気に遊んでいる姿を見ると悲しくなる」と複雑な心境を覗かせました。
・郡山市内のタクシー運転手「私たちは365日いる」
では福島市のとなりである郡山市の人たちは『東日本女子駅伝』をどう思っているのでしょうか? 郡山市のタクシー運転手は記者の「福島での東日本女子駅伝の開催に反対する声があるが、どう思うか」という質問に対して「(被曝が心配)とはいってもせいぜい福島に滞在するのは数日。
私たちは365日いるわけですから」と率直な意見。
それぞれが、それぞれの考えをもって『東日本女子駅伝』の開催地・福島市へとやってきたことがわかります。
福島県をはじめ、世界中の人たちが早期に放射線の心配のない生活に戻れることを切に願います。
(文=乎古止点/取材、写真=池田)
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





23時11分の内緒様★私も、全く同じ想いですよ
色んな想いが過ぎりますよね
何故、この時期で、このタイミング?って、誰しも思ったはずですよ
2011/11/15(火) 午前 8:41