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避難するか、とどまるか――原発事故以来、福島に住む妊婦たちは非常に厳しい選択を迫られている。
県内を中心に散らばった放射性物質が、胎児へ悪影響を及ぼす可能性があるからだ。
 
福島から出る覚悟を決めた妊婦たちも、悩みを抱えることになるケースが多い。
8月に長女を出産したばかりの神奈川県在住・A子さん(32才)は、もともとは南相馬市出身だ。
 
南相馬市には1年半前に自宅を建てたばかりだったが、夫に転勤を希望してもらい、長男(7才)、次男(4才)とともに神奈川県内のマンションを借りて7月に避難した。
 
「神奈川では、子供たちが草や土を触っていても放射能を気にしなくていい。
食べるものも汚染を考えなくてよくなった。頭から放射能のことが抜けて解放されたような気分でした」(A子さん)
 
しかし、まもなく環境の変化で大きなストレスに襲われた。
南相馬市に残した自宅ローンの返済もあるため、避難先のマンションの家賃に多くは払えない。
 
狭い家、切り詰める生活、知っている人もほとんどいない孤独感にさいなまれた。
 
「出産は引っ越してから1か月後。産院はなんとか確保できたんですが、陣痛が来た日は分娩台に空きがなく、1時間待つことになり、パニックになってしまいました」(A子さん)
 
産後を過ごした大部屋。他の妊婦のところには家族や友人がひっきりなしに訪れ、周囲は笑顔に包まれていた。しかし、A子さんのもとへ来るのは、夫とわが子と両親だけ。
 
まだ4才と幼い次男も環境になじめず、下痢を繰り返し、赤ちゃん返りをするようになった。
育児にも追われ、澱のように積もったストレスが噴出、A子さんはしばらくうつ状態になったという。
 
「なんで、こんな大変なときにこの子を妊娠してしまったんだろう。一時期はそんな後悔ばかりしていました」
(A子さん)
 
最近では、夫による支えや、親しくなった近所の人から「元気ですか?」と心配されたこともあって、気分は落ち着いている。それでも、神奈川に定住するかどうかは決めかねている。
 
里帰り出産する場所がない被災地の妊婦たちを支援する活動を行っているのは、今年3月に東京都助産師会が設立したボランティア団体「東京里帰りプロジェクト」だ。
 
東京での出産にかかる場所や費用を原則負担して妊婦たちを迎える活動を行っており、周産期のサポートも行う。これまで支援した73人の母親のうち、85%が福島県の母親だった。
 
「73人を支援したといっても、実際に東京で出産をされたかたは16人です。
残りのかたは、相談や現地での支援が中心。
 
当初、東京で出産されるつもりだった妊婦のかたも、その後の生活のことでご家族やご主人と話し合うなかで、やっぱり地元で産むという選択をされる場合が多いようです」(同事務局)
 
汚染を避けながら福島で産むか、縁のない土地で産むか、どの妊婦たちも、子供のためのベストな選択を模索している。
 
10月末に第2子を妊娠したことがわかったという緑川奈保子さん(30才)は、地元の福島で出産するつもりだ。
 
「放射能は怖い。でも、この子の幸せを考えたとき、夫や家族と協力して育てられる環境のほうがいいと思いました」(緑川さん)
 
 
※女性セブン2011年12月15日号

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