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★震災記事(祈)★

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http://sociopouch.files.wordpress.com/2012/02/imgp7994.jpg
「社長だって決断を下すときはいつも不安。
でも不安な顔をしたら部下を不安にさせてしまうから自信を持って言わないとならない。
 
決断は直感的。どっちを選択してどうなるかなんて将来のことは誰にもわからないんだ」
 
大手コンビニエンスストア「ローソン」の代表取締の新浪剛史社長がこう話すと、一瞬キラリと輝いた学生たちの表情。
 
“立派な大人も悩みながら生きているんだ” ――人生の大きな分岐点に立たされた青春真っ盛りの学生たちにとって心強いメッセージだったに違いないです。
 
宮城県仙台市の仙台泉文化創造センター『イズミティ21』で19日、被災地3県(岩手県宮城県、福島県)の高校生や関係者らなど約747名(うち学生247名)が、ローソン主催の『夢を応援基金“スペシャル講演&ライブ2012”』に集いました。
 
イベントでは、ローソンが企画する奨学金制度『夢を応援基金』の受給者を代表し、4人の学生を壇上に招いてのトークセッションとミニライブの2部構成。
 
第1部の「学生時代」をテーマにしたトークセッションでは同社長や玉塚元一 副社長のほか、第2部でミニコンサートを行った音楽プロデューサーの小林武史さんや歌手の一青窈さんらも登場。
 
同4人の学生たちが、自身の悩みや会場で聴講している学生らに託された「将来への不安」などの質問を、人生の先輩たちに問いかけました。
 
――将来の選択これでいいのか……学生に立ちはだかる苦悩
 
まず最初に投げかけられたのは、「やりたいことが見つからないのに、このまま進学して良いのだろうか」という質問。
 
同社長は「学生時代なりたいと思っていても、まったく違う職業に就く人がほとんど。自分自身、医者や弁護士を目指したこともあったが、結局は思いもしなかったコンビニの社長をしているくらいだ」と説得力あり余るアドバイス。
 
逆に、「職業を決定してしまって良いものか」との悩みには小林さんが回答。
 
「何かを目指して頑張るのは大切なこと。
目標が変わっても努力は生きる。例えばリーダーになりたいとか人を助けたいとか、大きいフレームで考えよう。
 
漠然とした目標に真剣に臨み、積み重ねることでチャンスが必ずやってくる」と話します。
 
また、「努力しないと運命にも出会えない」と副社長。
 
さらに「一生懸命やっている人には機会が増える。前向きに努力することが大切。運はみんな同じだけある。うしろ向きに考えているとダメなんだ」と熱く語る社長は、新入社員に『巨人の星』を見ろとアドバイスするほどの熱血漢。気になった皆さんは、この熱血マンガを一度読んでみては?
 
なかでも最も勇気が出るのは一青さんの経験談です。
 
慶應義塾大学環境情報学部卒という立派な経歴を持つ彼女も、入試の際に受けたAO入試(自己推薦入試)で面接官の前で歌を熱唱した際、「キミのような人はいらない」と言われたのだとか。
 
かなり落ち込んだそうですが、結果は合格。また、卒業して歌を売り込みに音楽系の会社などへ行った際も「いらない」と言われ続けたそうで、26歳という業界では遅めのデビューを果たすまでに相当な苦労をしたようです。
 
それでも、前に進み続けた結果が今の一青さんを見れば一目瞭然。学生のみなさん、努力と継続がいかに大切かということを実感できたのではないでしょうか。
 
――被災を通してどのように生きていくか
 
「何が正しくて間違っているのか判断するのが難しい時代」と話すのは小林さん。
「東北は大変なときだがクリエイティビティを受け入れる余白がたくさんある。現実を捉え直すチャンス。
 
小さく縮こまらず自分を保持する命を一生懸命生きて欲しい」と、一言ひとこと噛み締めるように話します。
また、人間関係の難しさについて一青さんは「批判をするのは簡単。
 
話し合って一緒に歩いていく方法を模索するのが大切。一人ひとりが合わない人と話し合い、分かり合うのは大切なこと」と話し、また、「どんな言葉も心に響かない瞬間がある。
 
そんなときはお手紙を書いて送ってください」と、はにかみます。
これは、第2部で彼女が心を込めて熱唱した『ラブレター』という歌にどこか通ずるところがありそう。
 
トークショーに参加した学生のひとり、岩手県陸前高田市の高田高校に通う福田順美(なおみ)さん(18)は、「震災のあと、町の復興の力になりたくて市役所職員になりたいと思った。
 
今後も目標を変えずに、自分のためにも町のためにも頑張りたい」と、まだ甚大な津波被害が色濃く残る地元を、復興へ導いていく意志を明らかにします。
 
10代後半。人生の選択を迫られるなか、むしろ福田さんのように明確な目標を持つ学生は稀。
 
とはいえ、決定している人もそうでない人も、人生の先輩たちのアドバイス通りがんじがらめにならず型にはまらず、どういった方向の仕事がしたいのか、どんな人間になりたいのか、そんなざっくばらんな目標を持つことが何より大切。
 
混沌とした10代を過ごした記者も、同感の意見でした。
 
ポーチ
(取材、写真、文=池田廉)
▼左からローソン 新浪剛史社長、玉塚元一 副社長
▼音楽プロデューサーの小林武史さん、歌手の一青窈さん
▼テーマが『学生時代』なので、各々の高校時代の写真も公開された
▼会場の様子
▼奨学金制度を受ける高校生たち。
右から櫻庭周治さん(東北高校1年)、伊藤優星さん(仙台高専3年)、福田順美さん(高田高校3年)、藤本朱子さん(東陵高校3年)
▼真剣に話に聞き入る被災地の学生たち
▼聴講者からも質問を受け付ける
▼第2部のライブの様子(この様子は後日、記事にてつづく)
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http://sociopouch.files.wordpress.com/2012/02/imgp1546.jpg
3月11日まで、あと1ヵ月を切りました。1年が経過しようという今もなお、苦しみ続けている被災者のみなさんがいるという現実を、悲しいかな忘れてしまっている方もいるのではないでしょうか。
 
人は忘れる動物です。だからそれも、致し方ないことなのかもしれません。
しかし、今だからこそ思いだしてほしい、3.11の真実がここにあります。
 
これからご紹介するのは、陸前高田市に住む高校3年生なおみさん(@naoming830さん)がツイッター上でつぶやいた、東日本大震災当時の全記録です。
 
つぶやきは昨年の夏に行われたものですが、あの日を思い出すために敢えて今、彼女のツイッターをみなさんに読んでいただきたいのです。
 
なおみさんは震災当日、学校にいたそうです。そして不思議なことに、そのとき友人と交わした会話の内容が、地震や津波、チェルノブイリ原発についてのことでした。
 
(なおみさんのツイッターより)

 2時間ほど職員室で時間つぶしがてら数学を教わったり、進路の話をしたり、なぜかチェルノブイリ原発事故についての話をしたりしていました。
 
そういえばあの日の朝、友達たちに私は「サバイバル的なことがしたい!! こう……地震きて家崩れてうちも閉じ込められるんだけど脱出して、瓦礫の上を華麗に越えていって、助けてーとか言われて救出したり……笑」と話をしていて その話もだんだん現実味を帯びていき「近々津波来ると思うー」ということでまとまりました。
 
つい先日大きな地震があったため、寝ているとき地震がおきたら何を持ってどこを通ってどんな風に避難するかということまで考えていました 
 
なおみさんのその後のつぶやきには、この会話の直後に起きた残酷で生々しい震災当時の様子が克明に記録されており、それを読み進めるごとにあなたはきっと、胸が締め付けられることでしょう。
 
でもこれは、3.11に起きてしまった、まぎれもない真実なのです。
ツイッターに記された全記録は、少々長く感じられるかもしれません。けれど、どうか最後まで読んでください。
 
そしてあの日に起きたことを、今一度思いだしてください。
 
*********
 
消防団のみなさん、自衛隊のみなさん、警察のみなさん、寄付を寄せてくださったみなさん、被災地を心配してくれたみなさん、募金箱に大切なお金をいれてくれたみなさん お元気にしていますか 私はあなたたちのおかげで今の命があります 毎日に笑顔があります。
 
助けてくれて本当にありがとうございます 今度は一緒に生きてくれませんか 一緒に歩んでください あとたくさん笑ってください 私が頂いたみなさんの気持ちは 私にとても大切なものをくれました 絶望という言葉が相応しいような町に心に 希望をくれました。
 
人の優しさを知り 当たり前のすごさを知り 人の繋がりを知ることができたのは みなさんがいたからです 私の立場からいうのは変かもしれませんが 生まれてきてくれて ありがとうございます 愛をくれてありがとうございます
体調は大丈夫ですか 友達や家族と喧嘩していませんか悲しんでいませんか 苦しんでいませんか今度は私がみなさんに感謝を届けます 何があっても私はあなたの味方をやめません みなさんの存在が私を支えてくれたように私が支えられる存在になりたいんです 辛いときでも笑顔でいてください 泣いてないてその倍笑ってください そしたら私も一緒に笑います!!  みなさんが大好きです ありがとう
 
*********
 
なおみさんをはじめとする被災者のみなさんのこれからの人生が、光り輝いた素晴らしいものであることを、心から祈っています。そして3月11日には、犠牲になった方々に心からの哀悼の意をささげたいと思います。
 
(文=田端あんじ/ 写真=Pouch、陸前高田 2011年12月撮影)
参考元:togetter.com(http://goo.gl/TQ0bv
 
▼後世にまで残しておきたい記録です
 
 
3月11日に未曾有の大地震・東北地方太平洋沖地震が起き、日本にとって波乱の年となった2011年。
地震を通して見た時、その2011年がいかに凄まじいものだったかを物語る動画がここにある。
 
「2011年の日本の地震 分布図 Japan earthquakes 2011 Visualization map (2012-01-01)」というタイトルのこの動画では、2011年に日本で発生した地震の情報が、円やグラフを使って非常に分かりやすく表示されており、視覚を通して日本が経験した苦難の大きさを知ることができる。
 
動画のなかで2011年3月11日が過ぎると、それはもう凄まじい数の地震が容赦なく次から次へと発生していく。正直、これほど多くの地震が起きていたとは驚きである。
 
しかし違う視点から考えると、多発する地震に慣れてしまい、感覚が麻痺していた自分がいることに気づかされる。
 
また世界規模での地震情報を映した動画「2011年の世界の地震 分布図 World earthquakes 2011 Visualization map (2012-01-01)」を見ると、他と比べて圧倒的に多くの地震を耐え忍んできた日本の強さにも、改めて驚かされる。
 
そういった様々な発見をさせてくれる動画なので、ぜひみなさんにもご覧頂きたい。
 
ちなみに画面左下に現れる黄色い線は、地震の積算回数を表しているので、そこを見ればどれだけ地震が増えているかが簡単に分かるようになっている。
 
(文=田代大一朗
参照元:YouTube/StoryMonoroch-1, StoryMonoroch-2


▼こちらが2011年の日本の地震を映した動画
▼そしてこちらが2011年の世界の地震を映した動画
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東日本大震災からまもなく1年を迎える。
 
2012年1月25日、ニコニコ生放送では日本に多大な支援をするとともに昨年は自身が洪水による被災国となったタイの大使館次席公使シントン・ラーピセートパン氏をむかえ、タイへの支援活動を行う福留功男氏らとともに、タイと日本の被災地を考える討論が行われた。
■国民的歌手による日本支援ソング
 
 親日国のタイでは、東日本大震災の3日後には政府が5.4億円の支援予算を組んだのを始め、一般市民はもちろんスラム街からも義捐金が集まり、支援物資と合わせ総額100億円を超える支援を日本に対し行った。
 
これには震災直後に、タイの国民的歌手「バード」が日本の支援ソング「Thai For Japan」をつくり、国民に広く援助を呼びかけたことが大きいという。
 
また驚くべきことに、タイは福島第1原発の事故に伴う電力不足を懸念し、244メガワットのガスタービン発電所を分解して運び、2基丸ごとを貸与してくれた。
 
シントン氏によると、分解して運ばれたこの発電機は現在、品川と川崎の発電所に設置されている。

■支援が被災者に届かなかった現状
 
http://news.nicovideo.jp/photo2/133637p.jpg
日本とタイの違いを語る福留氏とシントン氏
ニコニコニュース(オリジナル)
 震災後、不平不満を言わずに整然と配給の列に並ぶ日本人の姿は、世界からの賞賛された。
 
一方で、その真面目すぎる姿勢はともすれば融通が利かない対応につながり、支援の足かせにもなったようだ。
 
現地を取材した福留氏によると、震災後、ある都市にタイが軍用機を飛ばして支援物資として毛布を持って行ったが、日本の規格に比べて20センチ短いため受け取りを拒否され、揉めに揉めた経緯があったという。
 
また、派遣された医師に対し「日本の大学出てないからダメ」、「災害救助犬は検疫を受けてないから拒否」ということもあったようだ。
 
 被災地への炊き出しを行ったシントン氏によると、避難所では例えば弁当などが届いても、避難所生活をしている人数分がなければ受け入れを拒否することがあったという。
 
せっかくの支援が被災者に届かない現状に、シントン公使は
「タイ人だったらじゃんけんをしたり、あるいは大きい子が小さい子に譲ったりするのに」
と首をかしげた。
 
 
■大災害でも悲壮感はナシ
http://news.nicovideo.jp/photo2/133638p.jpg
洪水の中、盆栽の手入れをする僧侶(佐藤氏が撮った写真)
ニコニコニュース(オリジナル)
 そんななか、10月にタイで大洪水が起こり、タイ自体が被災国となる悲劇が訪れた。
 
死者381人以上、被災者250万人以上、被害総額は3000億円以上という悲惨な災害だ。
 
しかし、ここで注目すべきはタイ人の姿勢だ。
 
みな笑顔で助けあい、子どもたちは洪水の中でも水遊びを楽しむなど、生活基盤が揺るがす大災害にもかかわらず、悲壮感がない。
 
現地の様子を撮影した写真家・佐藤慧氏は、
「(タイの洪水では)悲壮感漂う写真と撮りに行くことになるのかなと思ったけど、そうではなかった。みんなが助けあっていてむしろ力強さ、温かさを感じた」
と語る。シントン氏によれば、
「タイ人は何か悪いことが起こっても自分の運命だと受け入れる。昔悪いことをしたからバチが当たったんだ、しょうがない。今度からいいことしよう。そうすれば生活も良くなるだろう」
という楽観的な姿勢で対応する人が多いという。
 
http://news.nicovideo.jp/photo2/133639p.jpg
被災地を記録し続ける写真家・佐藤慧氏
ニコニコニュース(オリジナル)
 今回の震災で「自然の前に人間の無力さを知った」と肩を落とす日本人が多かったが、タイ人は自然の前に人間が無力であることをみなが昔から知っているようだ。
 
だからこそ、必要以上に落ち込むのではなく、災害を受け入れ、すぐに前向きになれるのではないか。
 
 一部地区で未だ洪水の後処理が続くタイだが、バンコクを始め多くのタイ観光地は通常の状態に戻っている。
 
にもかかわらず、観光客減に苦しんでいるという。
 
福留氏は来る3月11日、バンコクで日本とタイの復興を願うチャリティーマラソンを計画している。
福留氏も5キロ走る予定とのことだ。
 
◇関連サイト
・[ニコニコ生放送] タイの日本支援ソングから視聴 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv78453583?po=news&ref=rews#52:12

【転載希望】被災地復興へ向けて。。。

今日は皆さんにどうしても伝えたい事、お願いがあって配信しました。

昨年3月11日の震災で心を痛められた方、
また、東北の人のために何かできることはないかと
今も考えられている方は、
ぜひ、この後のメッセージを少し長いですが読んでいただきたいのです。

そして、もしご賛同いただけましたら
この話を周りの方にお知らせ、
周りの方に転送してただけたら幸いです。


僕は昨年6月から岩手県山田町に行くようになりました。

岩手県の港町である山田町は、
2011年3月11日津波で町が無くなってしまいました。


被災地の人の為に何かしたいけど、
自分の仕事もあるし何をしたらいいんだろう?

そう思っていた時、

山田町応援団という活動を立ち上げた
岩手県出身の高松洋子さんという方に会いました。

「岩手県にある人口2万人の山田町を、
 全国84万人の山田さんで救ってくれませんか?」

そう呼びかけていました。

僕の苗字はヤマダではありませんが、あ、ご縁が生まれた!と思い、
その場で山田町に行く日を決めて、
高松洋子さんの案内ですぐに山田町に行きました。

山田町では、

町の議長である昆さんに会いに行き、
昆さんの紹介で町を代表する会社の社長達に会いに行き、
もう一度お店を再開させようと頑張ってる人い会いに行き、
漁業組合に行き、地元の漁師さんたちの話を聞き、
地元の方たちとお酒を飲み、

そして、

秘湯の温泉に行き・・・
ウニ丼や牡蠣やムール貝を食べ・・・
美味しい魚やイカをたらふく頂き・・・

2キロ太りました。

あ・・・・

話を戻します。
町の人たちに会って僕は、こんなにあたたかく迎えてくださる

山田町と山田の人が大好きになりました。



2011年3月11日。震災直後、


テレビで放送された日本人のお互いを思いやる行動や、
秩序ある行動を見た世界中の人達は、日本人を心から尊敬しました。


以下、◆は2011年3月当時、
ドットコムサイトを紹介するウェブサイト百式の管理人である
田口元さんが立ち上げていた“がんがれ日本!!!”というサイトからです。


◆中国メディア朝日新聞より
中国メディアで日本民衆の冷静さに感慨といった記事相次ぐ。
普段は日本に厳しい論調だが、「地震後の東京では、男性が女性を助け
ゴミ一つ落ちてない」と紹介。
中国中央テレビは被災地に中国語案内があることを紹介。
「外国人にも配慮をする日本に、とても感動した」と締めくくる。

◆ローマからローマにいる友達からメール
ローマの人々はニュースを見ながらこのような状況でも
冷静に対処する日本人に感動し、尊敬の念を覚えながら、
非常に心配しているとのことです。

◆日本人の良さを再認識
この地震が、きっかけになって、失いかけていた日本人本来の良さが
戒間見れた気がする。
犯罪はする様子はなく、助け合い、律儀、紳士的。
普段日本人は冷たい人が多い…。
って個人的に感じてるんだけど、多くの人が今回で「絆」
取り戻しつつあるように見えて、それがなんか感動して、泣けてくる。


いざというとき人の本性はでる。

この行動に同じ日本人として誇りを感じました。

当時の記事を見なおしてみると・・・


◆子供の背中子供がお菓子を持ってレジに並んでいたけれど、
順番が近くなり、レジを見て考え込み、レジ横にあった募金箱にお金を
入れて、お菓子を棚に戻して出て行きました。
店員さんがその子供の背中に向けてかけた、ありがとうございます、
という声が震えてました。

◆お年玉募金箱の前にて幼稚園位の男の子と母親の会話。
母「貯めてたのに本当にいいの?」
子「3DS我慢する。これで地震の人の家建てる。」と言いお年玉袋から
5,000円を寄付。
母「偉いね。地震の人、これで寒くなくなるね。」
男の子思わず号泣。後ろにいた私、大号泣。

◆治るからうちの三歳の娘が、いきなり十円玉だらけのお小遣いを
持ってきて、泣いている人に一つずつあげるんだって。
これで、地震治るねって。みんな良く考えよう。
自分にやれる事がやれているか。

◆募金箱仕事先のコンビニ店頭に震災の募金箱があります。
今日小さな女の子を二人連れたお母さんが会計された時、
子供たちに「このお金はなぁに?」と聞かれ、お母さんが説明。
すると子供達が「ここにお金入れたい!」と。
お母さんが買い物したおつりからそれぞれ千円を子供に…涙が出ました…

◆渋滞した交差点での出来事一回の青信号で1台しか前に進めないなんて
ザラだったけど、誰もが譲り合い穏やかに運転している姿に感動した。
複雑な交差点で交通が5分以上完全マヒするシーンもあったけど、
10時間の間お礼以外のクラクションの音を耳にしなかった。
恐怖と同時に心温まる時間で、日本がますます好きになった。

◆パン屋昨日の夜中、大学から徒歩で帰宅する道すがら、
とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパン配給していた。
こんな喧噪のなかでも自分にできること見つけて実践している人に感動。
心温まった。東京も捨てたもんじゃないな。

◆献血の列日本は強いです!
大阪難波の献血施設は被災地の方の為に超満員の順番待ちでした。
私欲の無い列を初めて見ました。感動しました。
被災地の方々、全国でその辛さを受け止めます。諦めずに頑張って下さい!


今も忘れてはいけないと、当時の文章を見なおしながら
この文章を書いていたら胸が熱くなり涙がでてきました。


震災から10ヶ月。


震災を乗り越えようとする人々の心や行動は、
更に素晴らしい発展をとげています。

震災を乗り越えて前に進む方んでいる方の考え、行動は
世界に誇れるものだと思います。

震災直後より更に尊敬できる行動をされている方が実際にいます。

そして、

僕達が震災の被害にあった方たちにできることも
当時とは変わってきています。


昨年6月から何かできることはないかと被災地を何度か訪れてきましたが、

行く度に普段学べないことを教えて頂き、
反対に勇気と元気を頂いて帰るばかりでした。


震災で自分自身や家族の生死の狭間を垣間見て、
あたりまえにあると思ったものが一瞬でなくなることを体験した、

経営者、主婦、おじいさん、若い漁師さん、
子どもなど多くの人が普通では気付けないことに気づきました。


多くの方が今まで当たり前だと思っていた
普通の生活を取り戻すためにがんばっています。

この行動や心の持ちようを全国の人が知ったら、
日本は大きく、明るく変わるのではないか?


そう思わせてくれるほど魂に触れる言葉、力強い気持ちが
東北には溢れています。  (以下省略)

野澤卓央さんのメルマガより
 
 
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【タイガ語録】
 
感動で言葉にできません・・・
ボクの親戚も、被災地の復興に
命を懸けています。
親友も時間があれば
被災地へボランティアに行ってます。
みんなには、ホンマに頭が下がる思いです。
 
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多くの方に読んでいただきたいので
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転載元転載元: 〜おおきに道場〜自分らしく もっと楽しく生きるために。。。♪

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