ミリアのブログ(日本に良い政治を取り戻す)

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 使えるネタと思った方は、拡散でもコピーでも改編でも何でもしてあげてください。大切なのは、南京嘘映画の撃破ですから。

 本気の南京映画の嘘告発は他の方々にお任せするとして、私は普通の日本人向けの対話を掲載します。
 ポイントは被害者の数を中国が捏造している点に絞って、話をする事です。全てを否定するためには、長々と話をしなければなりません。それに資料が必要な場合もあります。でも、数字なら話だけでも通用しやすいですし、数には説得力があります。

中国政府が
 死者3000人 → 死者30000人 → 死者300000人と捏造している事実のみに絞って、何も知らない日本人の話しかけるのです。

 普段、政治や社会情勢の話をしない人に対しても、映画と言う一般大衆が受け入れやすいネタとして、中国政府の嘘を日常会話の中に取り入れることができます。
 この絶好の機会を与えてくれた「愚かな左翼」に感謝します。そして、無駄金を使って、南京事件の嘘を高らかに訴えるための嘘映画を作ってくれた「嘘映画制作者」にも感謝いたします。

 日常会話の中で1時間も南京嘘映画の話はできません。だから、1分以内に嘘を強烈に印象付けるためには、この死者の数を利用する事が良いと思います。
 また、この死者の数の捏造は、強烈な爆弾を抱えています。
中国政府が死者を調査していない事実。
中国政府が死者の名簿を作成していない事実。
中国政府が死者を弔う気持ちが全くない事実。
中国政府が死者の魂を利用して、日本から援助を引き出そうとする事実。

すなわち、「死者に対する冒涜行為!!!」との結論に導く事ができる大きな嘘、分かりやすい嘘だからです。

広島の原爆で殺された方々の名簿はありますよね。その方々を毎年
弔っている私たち日本人には、死者の魂を冒涜する行為は、根本的に悪であると認識があります。そこを前面に追い出す所まで行けば、今後、南京嘘情報に触れた日本人は、
「死者を自分たちの金儲けに利用する中国政府は最低だ。」と情報に触れる度に思うようになります。左翼や中国が、今後宣伝活動を行う度に、自らがマイナスのイメージを植えつける事ができるように、私たちは土台を整えてあげる必要があります。

■■対話具体例も作ってみました■■

★南京映画編1(予防対策) 
A「南京、南京。という中国映画を知ってる?」
B「知らない。」
A「南京事件って知ってる?」
B「知らない。」
A「戦争中にさ、南京でも戦いがあって、死者が出た事があるんだけど。40年前は3000人、30年前は3万人、20年前に30万人も殺されたと、中国が数字を次々と増やしていく事件の事だよ。」
B「なんで、中国はそんな事をするの?」
A「援助が欲しいからじゃないかな。たくさん死んだって言えば、日本から援助がたくさんもらえたんだよ、きっと。今度の映画も、大不況で中国がピンチだから、日本に援助してもらいたくてやっているんじゃないのかな。」
A「中国人に、南京事件で30万人も殺されたんですよね。って話しかけると、バカにされるんだって。中国人だって、嘘だって知っているのに。何、だまされてるのって、言われるんだって。」

★南京映画編2(南京虐殺を信じている人向け)
A「南京、南京。という中国映画を知ってる?」
B「知ってる。南京大虐殺の話だよね。」
A「え、南京大虐殺なんて、中国でも信じられていないのに、信じているの?中国人は、南京事件って本当は呼んでいるんだよ。だって、40年前は3000人、30年前は3万人、20年前に30万人も殺されたと、中国政府が発表しているから。中国人は皆日本人から援助をもらうために、大げさに言っているんだって知っているのに。南京大虐殺を信じている事に、ビックリした。」
 ここで、南京の記念館の話や、左翼の受け売り話が出てきたら、やんわりと否定しながら、
A「中国人に笑われちゃうよ。日本人はお人よし過ぎるって。10年ごとに犠牲者が10倍になりますなんて、中国政府が発表しているんだから、誰も信じていないんだって。」
B「じゃあ、南京で虐殺はなかったの?」
A「戦争だから、人が死んだのは事実だと思うよ。でも、30万人も死んだなんて嘘だから。南京事件と呼べばいいと思うけど。」
 あんまり相手を否定し過ぎると、意固地になるので、「数字が捏造されている点」を強調して伝えておきます。この1点でも突き崩しておけば、南京大虐殺30万人と聞くたびに、数字がおかしいと感じるようになります。そして、左翼の嘘に気付き始めます。

★左翼信者が罠にはまった瞬間
A「数はねつ造だよ。」
B「数なんて関係ないよ。日本が南京で起こした事は・・・。」
 このセリフが来たら、大勝利確定です。
A「え、死んだ人の数がどうでもいいってどういう事。死んだ人をしっかり調査しないで、どうやって供養をしてあげるの。大切なことは、亡くなった人を供養してあげる事でしょ。戦争で亡くなられた方への謝罪が大切なんでしょ。どこかであなたの家族が交通事故で亡くなったとして、この事故でだいたい10人ぐらい死んだから、供養しますって言われたら、あなたはどう思う?人数がいい加減でいいはずがないでしょ。あなた、戦争の犠牲者を悼む気持ちなんてないんでしょ。亡くなった1人1人が大切なんでしょ。広島とか長崎では、1人1人の名前を刻みながら、哀悼の意を捧げているよ。それをしない中国政府は最低だし、1人1人の命の大切さを考えないあなたは、戦争の事を語ってもらいたくないわ。」
 こんな感じで、追い込んであげましょう。

 基本的に、相手の嘘を一点集中で攻撃します。それ以外は戦争だから、そういう事もあるかもしれないで、スルーしていきます。ですが、数字の捏造に絞って、この話を広めていけば、「南京大虐殺」=「中国の数の嘘」というレッテル貼りができます。もちろん、数が嘘なら、他も嘘かも知れないと思うのが人の心です。
 特に、死者を悼む気持ちを大切にする日本人にとって、1人1人の名前や、死者の人数がどうでもいいという事は、基本的に許せないはずです。
 左翼がお得意のレッテル貼りを、ネット外の人に使わせてもらいましょう。

 南京大虐殺を聞いた時に、中国政府は死者を冒涜すると日本人が思うようになれば、第一弾は終了です。

※注意※
 特に知識のない方に使える話であって、当然、史実を争う本格派の議論には向きません。

 あと、このネタ、南京嘘情報を叩きつぶすのでしたら、拡散でもコピーでも改編でも、何にでもご利用ください。

悪意と善意の見分け方

 ネット上では、言葉と言葉のやり取りだけを行いますので、相手の表情、雰囲気、その他の情報が一切入りません。また、普段話している言葉をそのまま文章にすると、多くの場合、好意的な印象を与える文章にはなりません。ですから、ネットで他人が目にする文章に対しては、丁寧語を使ったり、断定的な表現を避けると言った、普段使わない言葉を使用する事が多いと思います。もちろん、今の私だってそうです。ここに書いている通りに、話す事はありません。「話す」だって、普段なら「しゃべる」と表現しています。

 タイトルにある「悪意と善意の見分け方」についてですが、私の結論を先に提示するとなると、「ネット上において、悪意と善意を見分ける方法はない。」です。悪意を持って丁寧語を使用する方もいれば、善意を持っているのだけれども、熱心さのあまり乱暴だと非難されてしまう言葉を使う方もいるからです。では、「相手の言葉を鵜呑みにしてはいけない。」のは分かるが、「相手の言葉を信じてもいけないのか。」と問われれば、私の答えは1つです。

 ネット上の相手の言葉を信じる事はいけない事です。

 多くの方の批判を浴びそうですが、これはネットで交流を持っている方々に強く認識してもらいたい事です。そもそも「ネットで交流」という点が間違っています。もちろん、実際に会ったことがある相手とのネットでの言葉のやり取りは、ネットでの交流ではなくて、実社会の一部となります。要するに電話で話すのと同じです。その延長線上にある行為としてネットを使用しているといえます。
 しかし、一度も会った事がない相手とのネットでのやりとりは、交流ではありません。基本的にお互いが一方的に相手に自分の言いたい事を送りつけるだけです。気に入らなければ返事しなければいいですし、ブログに書き込まれても消し去ってしまう事もできます。要するに、無かった事にできてしまう点で、交流とは異なる「情報のやり取り」と言えます。
 ■ここでお断りです■
「ネット上での情報のやり取りを通して、一歩踏み込んだ関係を作り出して、ネット上での交流を作り上げる事を否定している訳ではありません。そういった関係を作っていない段階で、ネット上での情報のやり取りを、交流と勘違いしてはいけないと私は主張したいのです。
要するに、ネットでは
「ネットで情報のやり取り」→「ネットで交流」
という段階(壁)を超えないと、交流にはならないのに、最初の段階から交流だと勘違いしている方が多い点を指摘しています。

 本題に戻ります。
 ネット上での相手の言葉を信じる事はいけないとは、情報のやり取りから交流になるまでは、常に警戒しておいた方が良いという事です。そして、情報のやり取りから交流に移り変わった段階で、相手との何らかの信頼関係が作られた訳ですから、そこには悪意や善意の判断をする必要がほとんどなくなります。
つまり、善意と悪意を見分ける必要があるのは、情報のやり取りの段階であり、その段階では基本的に悪意があると考えておいた方が良いことになります。
なぜ、基本的に悪意があると考えておいた方が良いと主張するのかというと、「情報には発信者の意図が必ずある。」という原則論を私は支持しているからです。相手が善意か悪意を持っているかは関係なく、その文面を読んだ人間を、自分の思うとおりに誘導するために情報というものを人間は発信しています。
この文面にだって、私の意図がきちんとありますし、読んでくださっている皆さんをある一定の方向に誘導したいと考えています。

 ※ここまで読んでいて、何が言いたいのか分かる方は素晴らしい。

 と文章をつなげていった時、この※文には、私の主張している事が素晴らしい事で、この主張の通りに考えてみようと、読者を誘導する意図がある訳です。

 で、回りくどくなりましたが、最も言いたい事は、

 ネットでの情報のやり取りは、善意、悪意で判断するのではなく、書き手の情報の方向性をしっかりと見定める事。そして、自分の意図に沿った意見は参考にして、自分の意図に沿わない意見は、自分の意見を検証する反例にする事。そうすれば、騙される事もなく、またどのような書き込みに対しても、腹立たしい事はあっても、怒り心頭に達するというような精神衛生上不健全な状態にならなくて済みます。

 なぜ今更このような事をと思うかもしれませんが、日本の政治は危機的状況を迎えていると皆さんが言っています。私も現実的な危機感という点では同意見です。しかし、危機感を煽る事で解決する問題とそうでない問題があるはずです。その所をごちゃ混ぜにしてしまうと、活動が停滞する可能性もあると考えています。

「嫌な事でも、やらなければならない事であれば、楽しんでやった方が精神衛生上、お徳ですよ。」と私は言いたいだけなのです。

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