倭人伝を解く

日本史の謎を解いていきたいと思います

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獻文以其僻遠冒險入獻

獻文以其僻遠冒險入獻禮遇優厚遣使者邵安與其使俱還

北魏献文帝 (在位465〜471)はその遠くを疲(つかれる 僻(ビー)=疲(ヒ)?)れ、危険を冒(おか)して入献したのを以て、礼は優厚に遇し、使者の邵安を遣わしてその使者とともに還した。

詔曰得表聞之無恙卿與高麗不睦至被陵犯苟能順義守之以仁亦何憂於寇讎也

詔(みことのり)して曰く、「表(上表)を得て恙(つつが)無きことを聞く。卿は高麗と睦まじくなく、陵犯(侵犯)を被るに至った。苟(いやしく)も、義に順ずることができ、これを守るに仁を以てすれば、亦(また)どうして寇讎(あだ)に憂えるだろうか。

前所遣使浮海以撫荒外之國從來積年往而不反存亡達否未能審悉

前に遣わした所の使者は、海に浮かんで荒外の国を撫(な)でさせるを以てしたが、従来(今まで)年を積(かさねる)し、往ったまま返らず、存亡、達否は未だ審悉(くわしくつまびらかにする)することができていない。

卿所送鞍比校舊乘非中國之物

卿が送った所の鞍は、形状(かたち 旧(キュウ)=形(ケイ)? 乗(ジョウ)=状(ジョウ)?)を比校(比較する)すると中国の物では非ず。

不可以疑似之事以生必然之過經略權要已具別旨

似た事を疑うを以てすることは、不可であり、必然の過ちを生ずるを以てする。権要(物事のかなめ)を考慮(考えおもんばかる 経(ケイ)=考(コウ)? 略(リャク)=慮(リョ)?)して、已(すでに)別旨(べつの考え)を具(つぶさ)にした」と。

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若天慈曲矜遠及無外

若天慈曲矜遠及無外速遣一將來救臣國

若し、天の慈(なさけをかける)しみの極(この上もない 曲(キョク)=極(キョク)?)の矜(あわれみ)が、遠く、無限(むげん 外(ゲ)=限(ゲン)?)に及び、速(すみやかに)く一人の将軍を遣わし、わたしの国を来救(来て救う)してくだされば、

當奉送鄙女執掃後宮並遣子弟收圉外廄尺壤疋夫不敢自有

当(まさ)に美女(鄙(ビー)=美(ビ)?)を奉送し、後宮の掃除に就(執(シュウ)=就(シュウ)?)かせ、並びに子弟を遣わして、外の厩(家畜小屋)で牧圉(牛馬を飼う人)につかせます。尺壤(わずかな領土)も疋夫は敢えて自ら有しません。

去庚辰年後臣西界海中見屍十餘並得衣器鞍勒

去る庚辰年の後、臣(わたし)は西界の海中で、屍(しかばね)十余りを見ました。
並びに衣器鞍勒を得ました。

看之非高麗之物後聞乃是王人來降臣國長蛇隔路以阻於海

これを看ると、高麗の物ではありませんでした。後に聞くと乃ち、是は燕(今の遼東半島辺り?遼(ヤン)=燕(エン)? 王(オウ)=燕(エン)?)の人が臣(わたし)の国に来降するとき、長蛇(高麗)が路(みち)を隔て、海に於いて阻(やぶれる=沮)するを以てしたと。

今上所得鞍一以爲實矯

今、得た所の鞍(くら)を上(たてまつる)するので、実矯(実地に正す)を為すを以てすることを冀(こいねがう 一(イー)=冀(チー)?)います。」と。

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魏延興二年

魏延興二年其王余慶始遣其冠軍將軍駙馬都尉弗斯侯長史余禮龍驤將軍帶方太守司馬張茂等上表自通

魏延興二年(472)、その王の余慶は、その冠軍將軍駙馬都尉弗斯侯長史余礼、龍驤将軍帯方太守司馬張茂らを遣わして上表し自ら通じることを始めた。

云臣與高麗源出夫餘先世之時篤崇舊款

云う、「わたしは高麗と源は夫余(ピョンヤン?音より)を出で、先世(はじめの頃の世)の時は、旧款(以前のまごころ)を篤崇(重んじる)していました。

其祖″没鄰好陵踐臣境

その祖の 聞盒舂鏝旅餮恐Α砲蓮⇔拗イ魴敘僉雰擇鵑犬毒僂垢襦砲掘△錣燭靴旅餠地帯を陵踐(侵しふみつける)しました。

臣祖須整旅電邁梟斬ー

わたしの祖の須(百済近仇首王)が旅(軍隊)を整え、電邁(非常に速く行く)し、 聞盒舂鏝旅餮恐Α砲亮鵑鮑鏤臓覆修きる 梟(シアオ)=削(シアオ)?)しました。

自爾以來莫敢南顧

爾(これ)より以来、敢えて南(百済方面)に顧みることはありませんでした。

自馮氏數終餘燼奔竄丑類漸盛遂見陵逼構怨連禍三十餘載

馮氏が(後燕慕容氏を)簒襲(臣下が君主の位を奪い取ってうけつぐ 数(スウ)=簒(サン)? 終(シュウ)=襲(シュウ)?)してより、余燼((慕容氏に征伐された高句麗の)生き残り)が奔竄(走りのがれる)し、醜類(悪人の仲間(高句麗のこと)丑(チョウ)=醜(チョウ)?)は漸(しだいに)に盛んになり、遂に(百済に)陵逼(せまる)を見て、怨みを構え禍(わざわい)を連ねること三十余年。

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唯無駝騾驢羊鵝鴨等

唯無駝騾驢羊鵝鴨等

唯(ただ)、駝(らくだ)、驢(ろば)、羊(ひつじ)、鵝(がちょう)、鴨(あひる)などはいない。

國中大姓有八族沙氏燕氏隼甓鮖畤浸疽∋疚攣疉鳥

国中の大姓には、八族が有る。沙氏、燕氏、隼瓠解氏、真氏、国氏、木氏、苗氏。

其王每以四仲月祭天及五帝之神立其始祖仇台之廟于國城,歲四祠之國西南人島居者十五所皆有城邑

その王は毎(いつも)、四仲月を以て、天及び五帝の神を祭る。その始祖の仇台の廟を国城に立て、
歳に四度これを祠(まつる)する。国の西南に、人の島居するものが十五ヵ所、皆、城邑が有る。(おそらく全羅南道の西の島々?)

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婚娶之禮略同華俗

婚娶之禮略同華俗

婚娶の礼は、略(ほぼ)、中華の俗と同じである。

父母及夫死者三年居服餘親則葬訖除之

父母、及び夫が死んだ者は、三年服喪に居する。余(そのほか)の親族は則ち、葬儀が訖(おわる)するとこれを除(喪があける)する。

土田濕氣候溫暖人皆山居

土田は湿っており、気候は温暖で、人は皆、山居する。

有巨栗其五穀雜果菜蔬及酒醴肴饌之屬多同於內地

巨大な栗が有り、その五穀、雑果、菜蔬(野菜)および、酒、醴(あまざけ)、肴饌(ごちそう)の属は、多くが内地に同じである。

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