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deliciousicecoffee 様の総括だ〜〜い。http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbfaea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&action=m&mid=35109
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朝日新聞による「宇和田日記」捏造事件について、秦郁彦は著書で「宇和田日記」の現物写真を引用して、以下のように記している。
「なお虐殺風景を書きとどめた宇和田日記の信頼性だが、都城連隊には、たしかに虐殺はあった、と主張する元兵士(秋山正行伍長)もいるし、確実と考えてよいと思う」
『昭和史の謎を追う(下)』
上記の著書にある「宇和田日記の現物写真」というのは、日記の外観だけであり、『筆跡』の判らない写真である。
秦郁彦は宇和田日記の現物の【虐殺風景を書きとどめたページ】を見ていない。
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何ですとと〜〜〜。作者は日記に触れてもいないと〜?
そんなんで本にしてもいいと思っているわけ?
つうか朝日ってこの期に及んでも見せてないってこと?
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朝日新聞など日記捏造関係者以外は、誰も【虐殺風景を書きとどめたページの『筆跡』】を見ていない。
なぜならば、そのページの『筆跡』を見れば、この日記捏造事件の全てが明白になるから。
秦郁彦という人は、人が良いのか嘘証言を簡単に信じる傾向がある。
未亡人をもたぶらかして日記を捏造する朝日新聞が、1人のインチキ証言者を仕立て上げるくらいは御茶の子さいさい。
天下の朝日新聞を舐めてはいけない。
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恐れ入ります。
ってもともとコミンテルンも出入りするようなところだもんな〜。
一般市民のそれも日本人をだますのなんてお茶の子さいさいさ〜。
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結局、「虐殺があった」と言っているのは、秋山正行1人だけ。
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この人なんなんだろうな。
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都城23連隊は何人居たのか?
その中の1人の証言と捏造日記を付き合わせて、「信頼性だが、・・・確実と考えてよいと思う」なんて、秦郁彦は相当マヌケだ。
事実と付き合わせておかしいことは、吉川正司氏など多くの元連隊兵士が述べている。
この朝日新聞の日記捏造事件の核心は、本当に存在した宇和田日記に、後日誰かが大幅に加筆、あるいは改竄(書き換え)を行ったことにあるのだ。
騙されてはいけない。
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これって犯罪じゃ無いの?
学校でもこんなことしたら其の後学校に行けませんよ。
恥ずかしくてね。
さすが「恥」文化を葬り去った朝日はやることが違うな。
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当該事件の核心(想定)は以下のとおり。
1973年(昭和48年)、宇和田弥一、死去
1978年(昭和53年)の戦記編纂の以前に、宇和田氏の日記帳に誰かが加筆し、戦記編纂委員会に提出
戦記完成後、この日記は未亡人の宇和田八重子さんに返送される
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加筆後の日記が奥さんに渡っていたのか。
どうしようもないよな。奥さんにしたら。
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・その後、さらに、誰かが大幅に加筆、あるいは改竄(書き換え)を行い、日記は朝日新聞に渡る
1984年(昭和59年)年8月、朝日新聞に5段抜きの大見出しが躍る。「日記と写真もあった南京大虐殺、悲惨さ写した3枚、宮崎の元兵士後悔の念をつづる」と題された記事は一大センセーションを巻き起こす
1984年末、吉川正司氏は、日記の【現物】を見せてもらったが、3メートルほど離れたところからで、判読は出来ず
1985年(昭和60年)2月、朝日新聞宮崎支局で2回目の会談。連隊会側5名、朝日新聞側は中村支局長。日記の【現物】は、5メートルほど離れてから広げられたので、日記帳だと判断することさえ出来ず
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3メートルでも不安になったんだろうが朝日は。
今度は5メートルだと(爆)。
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1985年12月、朝日新聞が1984年年8月に「宮崎の元兵士の写真と日記」として記事にしたあの写真が捏造だったと判明
1986年(昭和61年)1月、朝日新聞宮崎支局会議室において、連隊会と朝日西部本社の会談。出席者は連隊会5人に対して、朝日側3名。「日記も嘘である。・・・日記を白日のもとにさらせば解決する」と迫れば、「そうなったら日記提供者の氏名が判明して、本人に迷惑が掛かる」と取材源の秘匿を楯に応じず
1986年8月、日記の保全が第1だと考えた吉川氏は、弁護士を通じて小倉簡易裁判所に対して日記保全の申し立て
1986年12月、裁判所側はほぼ連隊会側の主張を認め、朝日に日記を見せるよう判決。朝日側が、守秘義務の配慮が万全でないとして、福岡地裁小倉支部に抗告
本裁判となれば10年はかかるため、連隊会員たちの余命がなくなると判断。「うちの連隊は南京事件に無関係である」という記事を朝日の全国版に載せてもらうことで、保全申し立てを取り下げることを朝日に通告
1987年(昭和62年)1月、連隊会にも報告
詳細は、↓こちらを熟読してください。
秦郁彦の甘さが理解できます。
朝日新聞との闘い・われらの場合
都城23連隊の戦史を汚すことは断じて許さぬ
吉川正司(元都城歩兵第23連隊・中隊長)
http://akid.s17.xrea.com/urlcache.php?file=http%3A%2F%2Fwww.history.gr.jp%2Fnank ing%2Fbooks_bungeishunju875.html
「文藝春秋」昭和62(1987)年5月号より転載
ニセ生首写真で"南京大虐殺"ねつ造
http://members.at.infoseek.co.jp/jhistory/nanking/asahi.html
『朝日新聞の犯罪』世界日報社刊より
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ひどすぎますよ。
大体写真の否定は最近なされたよな。
143枚の写真は否定されたのだ。ここまで言って委員会でもやっていたからな。
http://www.sanspo.com/shakai/book/20050304read.html
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3年がかりで完成…真実を見つめることが大切
「南京事件『証拠写真』を検証する」東中野修道
「正しい歴史認識」が問われる時代。「南京虐殺事件」を研究する、亜細亜大学教授の東中野修道さんの「南京事件『証拠写真』を検証する」は、同事件の「証拠写真」とされる143点の写真を徹底検証、分析している。
結論は「証拠として通用する写真は1枚もなかった」。
3年がかりで完成した同書を手に、「プロパガンダにまどわされず、真実を見つめることが大切」と語る。
◇
「手遅れかと思っていたけど、ぎりぎりで間に合いました」と東中野さん。ほっとした表情には理由がある。中国政府が「南京大虐殺記念館」の敷地を拡張して、広島の原爆ドームやアウシュビッツ強制収容所と同様に、ユネスコの世界文化遺産に申請しようとしているといわれるからだ。
「もし、記念館が世界文化遺産に登録されれば、そこに展示されている写真が、検証もされずに南京虐殺事件の“証拠”とされてしまう可能性が高い」
世に、「南京大虐殺の証拠」として流布している写真は多い。今回、検証したのは143枚。その中には、日本兵とされる軍人が中国人を斬首している場面や、斬首後の中国人の首を手にしている日本兵らしき兵士の写真など、有名なものも含まれている。だが、「実は、これらは、一種の合成写真であったり、別な写真に意図的なキャプションをつけたりしたものなんです」という。
例えば、中国人を斬首しているとされる日本兵の軍服をパソコンで拡大して見てみると、当時、日本軍が着用していた軍服とは襟の形があきらかに違っている。斬首後の中国人の首を手にしているとされる写真も、兵士の持つ首の下の部分や背景が暗くされている。
「しかも、“首”も日本兵もその視線はカメラを向いている。実際は生きている人が座っていて、その頭の上に兵士が手を載せているだけなのではないでしょうか」
疑問点は、調べれば調べるほど出てきた。こうした点から、「証拠写真」は実は、プロパガンダの材料にされているだけではないか、と東中野さんはみている。
「敗戦から60年。そろそろ真実はどこにあったのかをきちんと知るべき時期にきている」と力をこめる。現状では、日中の歴史認識は異なり、共有できてはいない。だが、「考え方が異なっても、相手を尊重してよき関係をつくることはできる。そのためにも、日本人よ目覚めよ!と言いたい」と言いきる。
草思社、1500円。
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自分でやったこと(チュウキョウと国民党)を、日本軍におっかぶせて、ご丁寧に世界遺産に登録させようなんて、どういう了見だ。
つうか前写真が全部見れたのに、なんかサイバー攻撃にあってんじゃ無いの?
サイトがヘンになているよ。くだらないことしやがって。
ま〜本が出てれば、チュウキョウがいくらサイバー攻撃仕掛けてもどってこと無いけどね。
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4.「南京大虐殺記念館」等に展示されている写真は、全て合成写真または、「通州事件」等、中国人が日本人を虐殺した写真を始めとする、全く別の写真であることが、東中野修道教授(亜細亜大学)によって証明されている。
もしも、南京大虐殺なる事が真実であるならば、その証拠写真が一枚も無いはずがない(東中野修道・小林進・福永慎次郎共著『南京事件「証拠写真」を検証する』草思社)。
(所謂)「南京大虐殺なること」が有ったと問答無用で決めつけたのは、「極東国際軍事裁判」、(所謂)「東京裁判」の中である。
それでは同裁判の内容は一体如何なるものであったのか?
東京裁判を傍聴した冨士信夫氏は、『南京大虐殺はこうしてつくられた』(展転社)の中で、「南京大虐殺」なることが全くの虚構であることを裁判記録として記している。
apa
2017/2/25(土) 午後 6:31 [ 日中国交正常化45年南京80年に学ぶ ]