今日のn_o_i_s_e_m_a_n 氏【「三権分立」が立法・司法・行政をそれぞれ独立させるという画期的な素晴らしい方法であるように、「権威と権力の分離」は画期的で、日本ではそれが千六百年(そろらく】
>しかし国民の文化と天皇が守っている文化は違いますね。例えばアグー豚の復活や、豚? 私に地域に文化遺産とか言っている邸宅を再現したのは、天皇の為ですか????何を再現したって? 日本には過去「専制君主」も「独裁者」もいませんでしたが、例えば日本が「絶対主義の独裁国家」だったらどうなっていたかということです。(アグー豚や文化遺産の扱いも違っていたかもしれません) そう言う意味では「関係する」ということです。小石丸の蚕も育てていると文句言いそうだなこやつだと。 ちなみに、倭人や天皇のルーツが「大陸から沖縄・奄美大島を通って本土にやってきた」可能性もあります。 「倭人」という名前は周代以降に登場します。 蓋国の南にあった「倭人」国はその前の殷代では「人方」国であった可能性が高く、人方は手先が器用で殷王朝の貨幣である貝貨を一手に生産していました。日本人のルーツが〜。 またその貝(タカラガイ)を大陸から離れた危険な海流の向こうの沖縄・奄美大島を中継地にして採っており、殷が貝貨を独占しようと西から人方を攻めると人方王家は海に逃れました。(殷はその背後を西方の周に攻められ滅亡しました)殷もよくどおしい。 自分でとれっつ〜〜のにね。 貝の道http://rca.open.ed.jp/history/story/epoch1/sakishima_up/up04.html 貝貨や貝輪の遺物を辿ると、沖縄・奄美大島から南九州、西九州を通って北九州に至り、さらに出雲方面や済州島に北上したことが分っています。 人方の東端は山東半島の「瑯邪」で、ここでは「日の神」を奉じていますし、殷が泰山を押さえる前には泰山も人方の地域に入っていたようです。(また人方地域は「女か」神話の地でもあり、神話では「女かが黄土をこねてはじめて「人」をつくった」ことになっています)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E3%82%AB 女媧(じょか、-Nüwa)は古代中国神話に登場する女神。三皇の一人に挙げる説もある。姿は蛇身人首と描写される。伏羲とは兄妹または夫婦とされている。
やはり三皇のひとりかもね。 [編集] 創造神
っぶ〜。『楚辞』「天問」には女媧以前に人はいなかったと書かれており、 人間を作った創造神とされている。
またえらい手抜きな。後漢時代に編された『風俗通』によると黄土をこねて作った人間が貴人であり、数を増やすため縄で泥を跳ね上げた飛沫から産まれた人間が凡庸な人であるとされている。 また、『淮南子』「説林訓」には七十回生き返るともあり、農業神としての性格をも持つ。
どう見ても蛇ですが。[編集] 天地修復 『淮南子』「覧冥訓」には、女媧が天下を補修した説話を載せている。 古の時、天を支える四極の柱が傾いて、世界が裂けた。 天は上空からズレてしまい、地もすべてを載せたままでいられなくなった。 火災や洪水が止まず、これがあの大洪水か? 猛獣どもが人を襲い食う破滅的な状態となった。
ぎえ〜〜〜。 女媧は、五色の石で天を補修し、大亀の足で四柱に代え、黒竜の体で土地を修復し、芦草の灰で洪水を抑えたとある。
ま〜恐竜時代までは人間なんて食われ放題でしたでしょうからね〜。[編集] 祭祀
ふ〜〜〜む。女媧は中国少数民族の苗族が信奉した神と推測されている。 世界を修復する説話『史記』「三皇本記」には、五色の石で補修した世界がそもそも虚れた原因を、羌族が信奉する水神共工が暴れたためとしており、苗族と羌族との戦乱が神話に反映したと言われている。 苗族も日本人のルーツでしょう。 >天皇は政治への影響力が無く、総理大臣の任命権程度のものでしかありません。実質的にも、観点的にも、殆ど影響力はありません。あったら天皇親政だろうが〜。 「日本国民全ての象徴」である「天皇」は「権力」をもちません。 そしてその天皇が「国家権力者」である「政府」の長(総理大臣)を任命することになっています。 つまりここに「権威と権力の分離」が形成されています。 「三権分立」が立法・司法・行政をそれぞれ独立させるという画期的な素晴らしい方法であるように、「権威と権力の分離」は画期的で、日本ではそれが千六百年(そろらくは数千年)前にすでに成立していたということです。まったく、おまいに新しいシステムが構築できるっちゅ〜〜〜〜のか。 私は出来んぞ、自分で考えろ。 ただ、天皇の権威の源は国民の支持にあり実質的に「権威」が「権力者を抑制する」には「国民の十分な支持」が必要です。 しかし今のところ、それについてはむしろ年々弱まっています。皇太子〜〜〜〜〜。 傾国の美女にうつつを抜かしておられては為りませぬぞ。 ま、昭和天皇の奥方もまったく表には出られませんでしたから。 もう其の路線でいっていただくしかありませんよね。 (それに、ある意味で政府以上の権力者でもある「官僚」を抑制する仕組みが十分ではありません)あいつらこそ、海外に行ったら私は天皇だ〜などとほざいているんじゃないか。 ただ、「数千年の歴史の中ではこういうときもある」わけで、「次の100年程度かけて改めていけばよい」と思います永いスパンですね。 |




旧日本軍が中国や朝鮮におこなった仕打ちを考えれば、日本人は何も言えないような気がする。
2009/8/21(金) 午前 9:09 [ nanking_atrocities ]
貝輪は縄文時代からあり、サルボウなど大型二枚貝に穴を開けたものが広く見つかっている。弥生時代になると、九州北部などで巻貝類のカサガイやオオツタノハなどに穴を開けたものや、イモガイ、ゴホウラ、スイジガイなどを切って作った貝輪が盛行し、当時の支配階級を表すものであったと見られる。
これらの貝の多くは奄美群島以南に産するもので、沖縄諸島などではこれらを大量に加工したとみられる遺跡も見つかっており、九州との間で盛んに取引されたと見られる。
山口県の土井ケ浜人類学ミュージアムや、種子島・薩摩半島・対馬における歴史民俗資料館などで多数保管展示されている。
例外的に北海道でも有珠モシリ遺跡(続縄文時代)でイモガイ製腕輪が見つかっている。
2017/8/6(日) 午前 9:37 [ 奄美は人も自然も食物も良かった ]