>その東にも倭人とその居住地が広がってたとしても、「東、海を渡る千余里」の千余里って、いかにもスケールが小さいね。 そうですね。そうなの?? 「九州(北部・東部)」からでは、ちょうど「本州西端」か「四国」程度の距離ですね。 ところが「畿内」からでは「東、海を渡る千余里」自体が「荒唐無稽」になりますよね。なんもないからな。 >>張政は、倭国は南にも広がっていると、ミスリードを敢えてしたんだよ// 張政は「邪馬台国が狗奴国と紛争になってから」派遣されてるんですよね? 「既知の紛争国」が「南にも広がっている」と言うと何の得があるんでしょうか?ミスリードというか。 九州南に広がってンじゃん。 >五ヶ瀬川や筑後川や斐伊川や吉井川を遡って水行に算入するのと同じくらい荒唐無稽だね。 五ヶ瀬川(や高千穂峡)は普通の川だと思っていましたが、阿蘇山からの溶岩が流れてできたところで、「柱状の奇岩」に左右を囲まれ、「玉」のようになった石が穿つ「おう穴」など、「磐(いわ)」に神を見出す文化にとっては、どうあっても見逃せない「聖なる場所」です。高千穂の原始的な社ヤシロを参拝してしもうた。 本当に神秘的な場所でした。 怖いくらいですよ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%8D%83%E7%A9%82%E5%B3%A1 昭和9年(1934年)11月20日に名勝、天然記念物に指定された(「五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷)」)。
戦前にも天然記念物とかがあったんですね。また「頂上にカルデラ湖を持つ山」が「聖山」とされますから「阿蘇山」を外すはずがありません。昔は噴火しまくりですよ。 (オオナムチ(大穴持)とは「阿蘇山火口」を指すともいいます) 倭人が初めてこの地を訪れた時、「日向から五ヶ瀬川を遡って阿蘇に至るこのコース」で「大自然の造形」に圧倒されたと思います。今でも圧倒されるよね〜〜。 火の国。 わざわざ外国行かないでも九州で十分かも。 建築物では魏には到底かなわないでしょうが、「日本の豊かな自然美」を用いて魏の使者に対してある種の「精神的優位性」を保ったと思います。あそこに立てば恐れおののくでしょう。 ていうか支那に火山あったっけ?? (チャイナでは、周代からすでに急速に自然破壊が進んでおり、喰いつくしたんだろうな…。 後漢から三国時代は大部分の土地が荒廃しており、目も当てられんな…いつものことだが。 ペンキがあったら絶対撒いているよな。 日本の「自然の豊かさ」と「進むごとに植生や気候が変わる様」には驚かされたと思います)なんと美ウマし国かなとな。 観光立国にしたいなら霊的な源、神社をもっと大切にしないとむりでっせ。 フルスペック左翼政権よ。 ちんけなヨーロッパ風な町並みや、香港の出来損ない見たいな高層ビル群に外国人が感動すると本気で思ってンのカ。 喜ぶのは華僑だけだろうな。 生活のそこかしこに神社や寺が溶け込んでいることが、日本の特異性なんだよ。 |
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