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わが国最初の正史(せいし)『日本書紀』(にほんしょき)の伝えによりますと、
皇大御神は光華明彩(ひかりうるわ)しく、六合(あめつち)の内(うち)に照り徹(とお)らせり、 と称えられ、 皇孫(すめみま)・天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)を高天原からこの国に降されますときにあたって、尊の御位と地上の永遠を祝福して 豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂国(みずほのくに)は、 是れ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。 宜しく爾(いまし)皇孫、就(ゆ)きて治(しら)せ。 行矣(さきくませ)。 宝祚(あまつひつぎ)のさかえまさんこと、まさに天壌(あめつち)と窮(きわま)りなかるべし。 上は勝手に私が引用して来ました。 美しい言葉ですから。 というものですし、 用明天皇の皇女が伊勢神宮の斎宮になっていますし 大海人皇子(後の天武天皇)が戦勝を祈願したのも伊勢神宮です。 いつもいうように史実は事実とは限りませんが、それを否定するにもそれなりに「根拠」が必要とされます。山行かば否定しているのか?? なにを???? (例えば「トロイ」がただの伝承に過ぎないまま遺跡が発見されなくともそれだけでは「無かった」ことにはなりません。NHK的には「無かったことにしたい」のでしょうが)NHKはまったく。 何を隠してるんじゃ。 トロイは見事に見つかりましたね〜。 >>もともとこの地にいた神ではない。 大陸から渡ってきたんじゃろ?? 大陸に神社が残ってないんだから。 倭姫命は、第11代垂仁天皇の皇女です。
これを遍歴というのか??第10代崇神(すじん)天皇の皇女豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の後を継いで「御杖代(みつえしろ)」として皇大御神(すめおおみかみ)に奉仕され、皇大御神を戴いて大和国をお発ちになり、伊賀・近江・美濃等の諸国を経て伊勢の国に入られて、ご神慮によって現在の地に万代不易の皇大神宮をご創建されました。 美しいから伊勢に決められたのじゃろ?? 山ゆかばは何に反論しトンじゃ、まったく。 「御杖代」とは皇大御神の御杖となって、ご神慮を体して仕えられるお方の意です。
斉王も問題になってたみたいだが??倭姫命から後、代々の天皇は未婚の皇女を伊勢に遣わして皇大御神に奉仕させられましたが、このお方を斎王(いつきのみこ)と申し上げます。 これですね。 ? ひょっとしてこれですか? 「天照大御神が遍歴する説話は、『常陸国風土記』の筑波山の話に登場する祖神や民間説話の弘法大師伝説に類するもので、一般の神社の縁起でも鎮座地を求めて神が旅する話は多いので、「旅する神」の典型的な類型であるとされる。」 これは「天照大御神神話」のことではなく、その中の「天照大御神が"遍歴する"説話」についてですよ。「旅する神」?? 伊勢には落ち着かれるべくして落ち着かれたのだよ。 |
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