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NHKの意図はなんだ?? あれじゃ〜、もう沖縄は、あきらめろと言わんばかりだ。 国民を二分するのが一番最悪のやり方だろうが? 本気で日本が軍隊持つのかよ?? 持たないなら、沖縄は放棄できないんだって。 アメリカも追い出せない。 富士山も打たれっぱなし。 安保闘争(あんぽとうそう)とは、1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)、1970年(昭和45年)の2度にわたり、日本で展開された日米安全保障条約(安保条約)に反対する労働者や学生、市民が参加した日本史上で空前の規模の反政府、反米運動とそれに伴う政治闘争であると同時に、火炎瓶や鉄パイプで暴力を振るう暴動・紛争という側面も持っていた。アメリカが、そこまで、そこまで、この闘争(安保世代の方・1959-60の方)を怖がっていたとはな。 そのほうが、驚いたは。 ただのあほ左翼じゃない、「市民」が大量に入っていたことに驚いたんだよ。 2000万人が署名したっていう。 安保条約 [編集] 1951年(昭和26年)9月8日に、アメリカのサンフランシスコにおいて、アメリカやイギリス、中華民国をはじめとする第二次世界大戦の連合国49ヶ国と日本の間で、日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)が締結されたが、これがヨーロッパ同士の戦いなら、これですべて何でも返してもらえるはずだけど?? どうして日本だけぐだぐだと、いろいろ取られたまんまなんだろうね。 主席全権委員であった吉田茂は、同時に「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(旧日米安全保障条約)に署名した。 この条約によって日本を占領していた連合国軍の1国であるアメリカ軍は、「在日米軍」となり、継続して日本に駐留する事が可能となった。けったいな話やな。 結局、日本を赤化させないためにだろう。 昭和天皇もアメリカが帰ってしまうことを恐れておられたのかもしれない。 日本に徐々に帰ってき始めた、ソ連の強制労働組の成果で、日本共産党の議席が飛躍的に伸びたらしいし。 彼らは、強制的に共産主義を植え込まれたんだよ。 イデオロギー変えなきゃ帰国させない、ってオームもまっつぁの、思想教育を彼らに施したんだからな。 極寒の地で。 それで朝日新聞使って日本を赤化させたかったんだよ。 なお、当時冷戦下でアメリカやイギリス、フランスなどのいわゆる「西側諸国」と対峙していたソビエト連邦は、西側諸国主導のサンフランシスコ平和条約に対立の意思を示し、49カ国の条約締結国には入らなかったソ連入ってないんだよねこれに。 上に、自国を事実上の仮想敵国とした日米安全保障条約に対しても激しく非難を行った。からからからから、北方領土も勝手にとってしまうロシアを敵国と思わないなんておかしいだろうが。 あんたたち、戦前も旅順も奉天も勝手にとっているじゃないか。 1951年(昭和26年)に締結された安保条約は、1958年(昭和33年)頃から自由民主党の岸信介内閣によって改定の交渉が行われ、岸氏の孫、麻生さんは子供で、家の中を安保反対って言いながら走り回っていたそうだけどね。 1960年(昭和35年)1月に岸以下全権団が訪米、大統領ドワイト・D・アイゼンハワーと会談し、新安保条約の調印と同大統領の訪日で合意。 6月19日に新条約が調印された。 新安保条約は、 1.内乱に関する条項の削除 2.日米共同防衛の明文化(日本を米軍が守る代わりに、在日米軍への攻撃に対しても自衛隊と在日米軍が共同で防衛行動を行う) 3.在日米軍の配置・装備に対する両国政府の事前協議制度の設置 など、安保条約を単にアメリカ軍に基地を提供するための条約から、日本国中にアメリカ軍基地があったんだって。 それも驚きだね〜、私らの世代はほとんど知らないだろう。 日米共同防衛を義務づけたより平等な条約に改正するものであった。日本って条約結ぶたびに「不平等条約」なんだね〜。 それを平等にするために、どれほどの犠牲を払わなければならないのか。 それにしても、アメリカっていう国は…。 日本人騙さないと気が済まないわけ?? ほんま人種差別よね。 安保がなければ、っていうか、開国してなければ、本当に付き合いたくないが、ほかのお友達っていっても、支那とかおロシアでしょう?? EUは壊滅状態だし(爆)。 英国最近おとなしいね〜〜。 やっぱアメリカとおつきあいするしかないんだよね。 一般市民はとにかく「戦争に絡む条約」に反対していたってことらしい。
戦争アレルギーなんだよ。わかります。 日本人は金輪際戦争と名のつくものはしたくないってこりごりに懲りてしまったんだ。 岸が帰国し、新条約の承認をめぐる国会審議が行われると、安保廃棄を掲げる日本社会党の抵抗により紛糾する。出たよ、社会党。 また締結前から、改定により日本が戦争に巻き込まれる危険が増すなどの懸念により、反対運動が高まっていた。ここに反応したんだろうね。 一般市民は。 スターリン批判を受けて共産党を脱党した急進派学生が結成した共産主義者同盟(ブント)が主導する全日本学生自治会総連合(全学連)は「安保を倒すか、ブントが倒れるか」を掲げて、総力を挙げて、反安保闘争に取り組んだ。でも、ほぼ「もう戦争に巻き込まれたくない」っていう市民が大半だったんでしょう。 まだ第二次世界大戦終結から日が浅く、人々の「戦争」に対する拒否感が強かったことや、東條内閣の閣僚であった岸本人への反感があったことも影響し、東条は最後まで朝鮮半島を憂慮してましたよ。 アメリカに頼むとまで遺言しているんだ。 それもこれも「日本人のため」ですよ。 「安保は日本をアメリカの戦争に巻き込むもの」として、多くの市民が反対した。 これに乗じて既成革新勢力である社会党や日本共産党は組織・支持団体を挙げて全力動員することで運動の高揚を図り、左翼が便乗したといっていいだろうな。 総評は国鉄労働者を中心に「安保反対」を掲げた時限ストを数波にわたり貫徹したが、全学連の国会突入戦術には皮相的な立場をとり続けた。 とりわけ共産党は「全学連=極左冒険主義のトロツキスト集団」のレッテルを貼り、激しく攻撃した。 一方で、全学連側は既成政党の穏健なデモを「お焼香デモ」と非難した。アメリカがおそれたのはあんたたちじゃない。 モノ本の一般市民を恐れたんだよ。 なお、ソ連共産党中央委員会国際部副部長として、日本をアメリカの影響下から引き離すための工作に従事していたイワン・コワレンコは、自著『対日工作の回想』のなかで、ミハイル・スースロフ政治局員の指導のもと、ソ連共産党中央委員会国際部が社会党や共産党、総評などの「日本の民主勢力」に、「かなり大きな援助を与えて」おり、安保闘争においてもこれらの勢力がソ連共産党中央委員会国際部とその傘下組織と密接に連絡を取り合っていたと記述している[1]。ソ連が工作していたのは確実だな。 なんたって共産党の志位のおじさんはKGBだろうが。 共産党の金はどこから出てるんだ??政党助成金(日本の税金)ももらわないで、どこの金で活動してんだよ。 国会議事堂5月20日に衆議院で新条約案が強行採決されると、「民主主義の破壊である」として一般市民の間にも反対の運動が高まり、国会議事堂の周囲をデモ隊が連日取り囲み、闘争も次第に激化の一途をたどる。私ら、1968前後の団塊の闘争しか見てないんだけど。 こっちが本当の闘争ですよね。 |
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