専門学校の獣医学部の学生、太一(勝地涼、右)は、アルマという名のシェパードを預かり、その優秀さのとりこになるが…。
中央は国民学校の教師を演じる仲里依紗 戦争の犠牲者は人間ばかりではなかった−第二次大戦下の日本で、“無言の殺人兵器”として出兵した軍犬のドラマが制作された。
NHK総合で18日午後9時から放送の「さよなら、アルマ〜赤紙をもらった犬〜」。
シェパード犬のアルマと、アルマを取り巻く人々とのきずなを描いた感動作だ。(萩原万貴枝)
泣けた。
なんていっぱい、渋い人たちが出てるんだよ。
玉山君、最近飛ばしてるね〜。
◇
優れた視覚と嗅覚(きゅうかく)、そして人間への忠実さを見込まれた犬が軍事目的の「軍犬」として飼育されてきた事実は、世界各国で古くから記録にある。
戦争中の日本でも多くの犬が前線に送られ、弾薬運びや伝令などの任務を遂行。
その数は10万頭ともいわれている。
人間が300万人なくなってますからね。
内藤愼介チーフプロデューサーによると、ドラマ制作のきっかけは、雑誌で目にした古い写真だったという。
誇り高そうに立っているんだよ、またアルマがさ。
そこには「祝出征 アルマ号 帝国軍用犬協会札幌支部」と書かれた垂れ幕の横に、正面を凛(りん)と見すえて座るシェパード犬の姿があった。
犬って本当に賢そうとか、わかるよね。
幕には飼い主とみられる名前も記されていたが、人物の特定には至らず、「写真のアルマがどんな運命をたどったのか、今でもわからない」(内藤氏)という。
ああいう経過だろうね。
そこから、軍犬の実話をもとにしたオリジナルの作品をつくる計画が進み、内藤氏は当時、駆け出しの脚本家だった水野宗徳(むねのり)氏(38)に小説の執筆を提案。
38歳?わか。
どうりでちょっとリアル感が…。
でも、満州とかの設定、ソ連がどんだけひどかったかをちゃんと抑えられているね。
着想から約6年の時を経て、ようやく同名小説を原作にしたドラマが誕生した。
よくできましたよね。
ドラマでは、満州の戦地に赴いたアルマが、勝地(かつぢ)涼(24)演じる訓練士、太一の命令で敵兵に襲いかかる場面がある。
血で赤く染まるアルマの口…。
任務を果たし、ほめてほしいとばかりに尾をふる様子を見て、太一はアルマがふびんでならなくなる。
シェパードはそもそも「そういう犬」なんだよね。
本性見たらびっくりするっていう。
ドイツじゃ確か犬買うのに、税金要るんだよ。
「贅沢税」だ。
主演の勝地は「自分は戦争を知らない世代だが、若い人に『戦争は怖い』ということだけでも伝われば」とドラマに込めた思いを話し、内藤氏も「戦地では“もの”と化していた兵士たちが、アルマと接するうちに心を取り戻し、“人”に戻る。
人だから、感謝もできるし『ありがとう』も言える。
ドラマが人の温かみを再確認するきっかけになれば」と語った。
ちなみにアルマのもとは。
アルマ・マリア・マーラー(Alma Maria Mahler, 1879年8月31日 – 1964年12月11日)はオーストリアの作曲家グスタフ・マーラーの夫人。
自身も作曲を行い、16の歌曲が今日に残されている。華麗な男性遍歴で知られる。
マーラーの奥さんか。
ミューズにしてファム・ファタル [編集]
実父・養父(母親の再婚相手)ともに画家という家庭に生まれ、母親は芸術家サロンの主宰者であった。
少女時代から美貌と多才ぶりで多くの男性芸術家をとりこにした。
世紀の変わり目に、当時新進気鋭の作曲家アレクサンダー・ツェムリンスキーに作曲を入門、歌曲の作曲を開始する。ツェムリンスキーは、マーラーと出会う前のアルマの恋人のひとりとして知られており(アルマ本人が自伝で事実と認めている)、ツェムリンスキーより前には、グスタフ・クリムトとも深い仲にあった。
似てる似てるクリムトの絵に。
1900年に、ツェムリンスキーと恋愛関係にありながらもグスタフ・マーラーと知り合い、子供を身ごもり結婚するが、その際に「これからは僕の作品を君の作品と見てほしい」と言い渡され、作曲活動の事実上の禁止を言い渡される。
っぶ〜。
当初はウィーン楽壇の将来を担うベテラン芸術家との結婚に酔いしれたアルマだったが、出世主義者で職場では暴君、家庭を顧みず、しかも年齢差も大きかったマーラーとは、次第に心理的な溝ができる。その心の隙間に入り込んできたのが、建築家のグロピウスであり、晩年のマーラーがアルマとの関係修復を望んでフロイトの診察を受けたというエピソードは有名。
出た、フロイト。
さらにマーラーは、アルマの関心を取り戻そうとして、彼女がかつてツェムリンスキーのもとで作曲した歌曲を、自らの契約先であるウニフェルザル出版社に持ち込んだ。
マーラーが自作の交響曲第10番を、まだ心身ともに完成できる状態にありながらも未完成で遺した点については、アルマが看病のために戻ってきたことでマーラーが安らぎを取り戻し、それによって創作意欲が解消されたとも言われる(のちにアルマは、≪交響曲 第10番≫全曲実用版の作成に際しても、たびたび姿を見せることになる)。
1911年に未亡人となった後、画家のココシュカらとも関係を深めながらも(ココシュカの油彩画「風の花嫁」は、アルマとの性交渉を赤裸々に描いた作品として有名)、グロピウスと再婚。
戦前にこの女性を理解する日本人がいたってことかね〜。
この犬に「アルマ」ってつけていたんですから。
ほんと、日本の戦前は今よりずっと成熟してたんだね。
グロピウスとの間にもうけた娘マノンは聡明で美少女だったが、虚弱で夭逝した。
マノンのことをことのほかかわいがったのが作曲家のアルバン・ベルクであり、ベルクはマノンの死後に、ヴァイオリン協奏曲<ある天使の追想に>を作曲した。
ここで「天使」と呼ばれているのがマノンにほかならない。
ベルクはまだ生家が裕福だった思春期に、使用人の女性に娘を身ごもらせた過去があり、その女性や娘と引き離された上、結婚相手の女性とは幸せな家庭をつくることができなかった
(アルマは、晩年のベルクの不倫の恋をとりもち、後々までベルク未亡人の恨みを買っている)。
すごいね。
そのことからベルクは、マノンをわが子と重ね合わせていたとされる。
グロピウスとの関係が破綻してからは、年少のヴェルフェルと再々婚した。
ヴェルフェルはイタリア・オペラ、とりわけヴェルディにしか興味がなく、同時代の音楽をたいていは罵倒しており、音楽的にアルマと共通する点がほとんどなかった。
…。
アメリカ亡命後、とくにカリフォルニア時代のアルマ・マーラーは、自ら音楽サロンを主宰して、ストラヴィンスキー、シェーンベルク、コルンゴルトなど、ヨーロッパからの多くの亡命作曲家が出入りを重ねた。
コルンゴルトがストラヴィンスキーの前で、シェーンベルクのピアノ曲を暗譜で通して演奏してみせ、驚かせたというエピソードは、アルマのサロンにおいての出来事である。
ちなみに、マーラーとの間にもうけた2人の娘のうち、長女マリア・アンナは幼くしてこの世を去ったが、次女のアンナ・ユスティーネは後に彫刻家として活躍した。
彼女も母と同じく多彩な恋愛遍歴で知られ、生涯に5回結婚している。
2人目の夫は、アルマの指示でマーラー「交響曲第10番」の補筆を行った作曲家エルンスト・クルシェネクである。
第二次世界大戦中は、母親がアメリカ亡命を選んだのに対して、イギリス亡命を選んだ。
なんとなくわかるが。すごい女性であることは確かだな。