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それは、とある午後──
カフェ『ベアキャット』の店主はカウンターの中で
いつものように夕方から夜にかけての仕込みをしていた。
その前には、顔なじみの客が一人。
「なぁ克己。今度の夏祭りのことやねんけどな」
和装の男──稲荷は、来週に自分の神社で行う夏祭りの
最終打ち合わせをしにきていた。
店の数、規模、必要な機材などを確認し、この数日でなんとか
目処がついてきたころだった。
「たけしゃ」
舌っ足らずな幼女の声。
稲荷が振り向くとその視線はまっすぐに店主を見ているので、
おそらくは店主のことを呼んでいるのだろう。
真っ白な髪を伸ばした色白な幼女に近づくと、稲荷は
ためらいなく抱き上げた。
「なんや、わんの妹やないか。わんはどうした?」
「祭りの関係でちょっと買出しの量が多くてな。
ケンと一緒に出てもらった」
幼女の代わりに店主が答える。
当の本人は不思議そうに首を傾げて、店主と稲荷とを
交互に見比べている。
「で、なんで克己が『たけしゃ』なんや?」
「いや・・・
黒子が俺のことを『たけ』と呼ぶだろ?
それが一番発音しやすかったらしい」
心外そうに顔をしかめながら店主はぼやく。
「ははっ、そらええな。
どおりで克己はちっちゃい子ぉにもてる訳や」
抱え上げられたまま、身じろぎもせずにじっと稲荷を見ていた幼女が、
その見えない目で稲荷の目を見据えたまま言った。
「たけしゃ。この人、見える?」
その言葉の、意味すること。
店主の顔から一瞬にして血の気が引く。
そうだ。この娘は、見えるべきものを見ず、見ざるものを見るのだ。
「稲荷・・・」
彷徨った視線が、幼女を抱きかかえたまま硬直する和装の男を見た。
「はっ・・・」
と、ふいに稲荷が乾いた笑いを吐き出した。
「みぃ、俺が何にみえる?」
諦めたような笑いをする稲荷の顔をじっと見つめ、
みぃはふるふると首を振った。
「わかんない・・・
にぃの後ろにいつも居る人とも違うし」
すっ、と克己が普段立っている後ろの空間を指差し、
「あそこにいつも居る人とも違うし」
「みぃ、あれは見たらアカン」
稲荷は幼女の手を素早く下ろさせた。
「おいこらお前ら怖いこと言うなよ」
「おっきい光・・・あったかい」
抱きかかえられたまま、幼女は稲荷の頬に触れた。
その手の上に自分の手を重ね、稲荷は苦々しく言った。
「みぃの言う通りや・・・俺は克己とおんなじような人間やない。
仲間連中が今の俺を見たら何て言うか・・・ははっ」
力無い息だけの笑いが床に落ちる。
「きっと馬鹿にするやろな・・・人間と馴れ合おうて、まして
一緒に暮らしてるなんて・・・」
「稲荷・・・」
自嘲的に話す友人にいたたまれなくなって、克己が呼んだ。
「でもな!」
搾り出すように叫んだ稲荷は幼女を床に降ろし、その両肩に
手を置いて向き合った。
「でもな・・・こんなに楽しいんは、初めてなんや・・・!」
今にも泣き出しそうなその顔は幼女の瞳には映らないが、
熱を帯びたその声だけでも十分だった。
「希衣の笑う顔も、怒る顔も、ふくれる顔も。
おっちょこちょいで、しょっちゅうドジするんや。
その度に、『ごめんね、稲荷ん』って気まずそうに笑うんや。
記憶がうまく出来ひんから俺に迷惑かけてるって、いっつも気にして。
そんなこと、無いのにな・・・」
幼女に話しかけているのか、独白しているのか。
もはや本人にさえ分からなかった。
溢れる感情がとめどなく、男の口を動かしていた。
「希衣が来て、俺が面倒みてやらな、って思ったんや。
こんなちっちゃい子、俺が守ってやらな、って。
でもな、
満たされてたんは俺なんや」
自分でも気付かなかった、いや、その正体ゆえに認められなかった事実が
とうとう言葉になって零れ落ちた。
と同時に、稲荷の頬を雫が伝った。
「まったく、馬鹿な奴だな」
溜息混じりに呟いた店主は、「ほらよ」とフルスウィングでおしぼりを稲荷の
顔面目がけて投げつけた。
「ぶっ 熱ッツ!!!」
「拭いてろ、馬鹿。・・・いや、狐か」
つかつかとカウンターから出てきた克己は幼女の隣にかがみこみ、稲荷の
肩を叩きながら話しかけた。
「いいか、みぃ。こいつは『稲荷』。希衣の保護者だ。
お前にとってのわんみたいなもんだ。それ以上でも以下でもない」
「イナリ・・・」
幼女の蒼い瞳が稲荷を映す。
固まったままの狐が、瞳の中に居る。
「はじめまして」
にこっと、白猫は微笑んだ。
その瞬間、店内の温度が急に上昇したように感じられた。
緊張が解けて、一気に脱力した男はへたり込んだ。
「あー・・・うん。はじめまして」
苦笑いでニカッと笑った稲荷は、幼女の小さな手をとり
握手をするように上下に振った。
「ごめんなぁ。はじめてで、カッコ悪いとこ見せてもて」
「いや、お前ら初めてじゃないだろ。クリスマスとか」
そういえば接触するのは初めてなのかと思いながらも、店主は
冷静に突っ込む。
「ただいまーっ」
ケンの声が太陽の明るさで響き、店内には完全に昼の陽気が
戻ってきた。
「おう。悪かったな、兄猫まで手伝わせて」
「いえ、いつも塾の間みぃを見てもらっていますから」
礼儀正しく頭を下げて、荷物をカウンターに置いたわんは妹に
歩み寄った。
「みぃ、おとなしくしてたか?」
「うん。イナリに遭った」
「こら。『稲荷さん』だろ。年上の人には『さん』」
「イナリさん?」
「そう」と優しく微笑んで、妹の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「じゃあ、お暇しますね」
立ち上がったわんが、妹の手を握って言った。
「ああ、また何かあれば頼む」
克己が答える。
内心、自分が人外であることに触れられるのではないかと
穏やかでなかった稲荷は黙って手を振った。
律儀にお辞儀をして店を出ようとする兄に気付かれないように、
幼女が稲荷を振り返った。
口元に、人差し指をあてる。
声には出さず、「しーっ」と言う。
──カララン。
ドアの閉まる振動で、ドアベルが軽快な音を奏でる。
「ははっ」
心底おかしそうに、克己が笑った。
「おい、稲荷。今のお前の顔、狐につままれたみたいだぞ」
「・・・へぇ? いや、だって」
情けない声を出した稲荷は、幼女が立ち去った虚空を見ていた。
猫野兄妹が立ち去る時。
幼い少女の口に、どれほどの戸が立てられるのだろうか。
そう絶望していた稲荷の耳元に、甘い声が囁いた。
──大丈夫。この子は私がよく言って聞かせるから。
漂う冷気。
人ならざる気配。
ハッとして顔を上げた稲荷が見たのは、左目の下に
泣きボクロのある黒髪の美女。
「にぃの後ろにいつも居る人」と幼女が言う、稲荷も
いつも認識していた存在だ。
はあ、と溜息をつき、店主には聞こえないように呟く。
「あれは克己には教えられへんしなぁ」
「どうしたんですか? 稲荷さん」
ケンがきょとんとした顔で覗き込んでくる。
「いや、なんでも無いわ」と笑う顔は、いつもの稲荷の笑顔だった。
「おい狐、おしぼり分は働けよ。5時間ぐらい」
「は!? あのおしぼりどんだけ高級!???」
夏祭りまで、あと少し──
【小説】 稲荷、みぃ、克己、ケン、わん
※お子様、無断拝借失礼しました。
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頂き物
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……見てくださいよ、これ。稲荷が100倍美化されてますy(失礼やな |
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きゃっはぁぁぁぁぁっ!!(窓から外に向かって叫ぶ |
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あえて言おう。結婚してくださいと(キリッ |
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ぎゃぁぁぁぁぁっ!! 希衣が可愛すぎるぁぁぁぁぁぁっ!!!!(外に向かって叫ぶ |





