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思考のあしあと

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人は,コミュニケーションを
会話の内容だけで行っているわけではない.
たとえ電話であっても,その口調,声のトーン,間などによって
伝えられる言葉以外の情報をやり取りしている.

電車の中で隣に人が座ったとする.
この人をAとする.
まず私の外見から,私に関する基礎情報を
Aは得ている.
性別,年齢(あくまでも外見だが),身体の状態など.
また,私の表情から,私の性格をAの過去の経験から推定する.
そして,これが大切なのだが,私のAに対する関心を推定する.

私のAに対する関心というのは,通常であれば
ほとんどなく,電車で隣に座った人というものであろうが,
私が泥酔者や変質者であれば,Aは危険信号を感じるだろうし,
そうでなくとも,不穏な雰囲気(”雰囲気”!これこそが
非言語的な情報を表す言葉であろうけれど)を感じれば,
安心して隣に座っていられないだろう.
この情報は,Aの安全に関わる大事なものなので,
それが通常は無意識に(あるいはごく短時間に)
判断されているものではあるだろうけれど,
決して無視はできないものである.

話が逸れるが,こうした周囲からの情報は,
自分の安全のために非常に重要である.
特に電車の中のような密接した空間では,
それを誤ったり,無視したりすると,
大変なトラブルに巻き込まれる可能性がある.
そうであるのに,最近は耳にはデジタルプレーヤ,
座ればすぐに携帯電話,という風に,
全く周囲に気を配らない人が多い.
彼らがトラブルに巻き込まれる可能性は高いだろう.
日本だから,なにかあった場合には,
相手が悪いなどといえるけれど,
海外であれば,気をつけない自分が悪いということになる.
少し,そのあたりの感覚がずれてきているような気がする.
(実は私もデジタルプレーヤを愛用しているため,
良く耳をイヤホンでふさいでいるけれど,
駅に着くたびに周囲には気をつけているつもりである)

話は戻って,私の隣に座ったAの話.
彼は私に注意を払うわけでもなく,携帯電話を開くとする.
さて,私は彼の精神状態に影響を与えることができるだろうか?
もちろん可能である.
彼が嫌がることをすれば,彼は怒り始めるだろう.
これは彼を興奮状態に導いたことに他ならない.
しかし,それでは意味がない.

では,Aの心理状態を良い方に持っていくことは可能だろうか?
もしも,Aと会話ができるのであれば,
彼の情報を入手しながら彼の精神状態を導くことができるかもしれない.
例えば,心温まるようなストーリーを話題にする.
彼がもともと普通の心理状態であったのであれば,
気持ちが良くなるかもしれない.
営業マンが顧客と商談の前に,こうした人情話をして引き込み,
話を断れない雰囲気にするというのもひとつのテクニックである.

では,会話ができないのであればどうするか?(通常はそうである)
会話以外の情報を伝達することによって,
彼の心理状態に影響を及ぼすことができるかもしれない.
まず私がリラックスしている雰囲気を伝える.
逆にもしも私の身体を緊張させていれば,
彼はそこはかとなく,居心地が悪くなるかもしれない.
相手の精神状態の防備を解いていくことが大切である.
次に,彼の身体的信号に自分を同調させていく.
例えば,最もわかりやすいのは呼吸である.
相手の呼吸を感じ,自分も同調する.
うまく同調できれば,Aが無意識のうちに
私がリードすることもできるだろう.
そのコントロールのタブは呼吸だけとは限らない.
相手の種々の感覚に,いろいろな信号を与えることによって,
(そして,それは相手が意識できないところで与えることが好ましい)
相手の心理状態を導くことになるだろう.
しかし,これがどこまでできるだろうか?
自分の心の中のイメージによって,
相手の心の状態を導くことができるだろうか?
研究してみたい.

こうした技術は,日常のいろいろな場面に応用できるはずである.
電車で乗り合わせたAよりも,
日頃コミュニケーションを交わしている人の方が
基本的にそうした技術を適用しやすいはずである.

そうした技術は武道を通して学ぶことができると考えている.
自分を殺そうとする相手に直面するという究極の状況で,
こうした技術は適用可能なのだろうか.
もっと精進していきたい.

今年は目に見えないものに重きを置くと
考えていて,そのうちのひとつが
コミュニケーションにおける態度
(非言語的コミュニケーション)ということなのだけれど,
また別のひとつは,人間の心理的現象についての
考察とその実践である.
と,自分で書いていても何の話かわかりにくいことだと思う.

もっと平たく言うと,
暗示,催眠,健康である.
すなわち,人間の心理に影響を与えることによって,
自分のパフォーマンスを向上させること,
人のパフォーマンスを向上させること,
そしてできれば健康まで改善させることである.

(ここから先は私の考えの整理でしかないので,
もっとひどい文章になります,すみません)

この目的の背景は,
人間はこの実世界で生きているが,
高度に発達した脳は,この実世界とは別の
それぞれの情報空間を構築している.
そしてこの情報空間において,私たちの心と身体は
もうひとつの生を送っているのである.
という考え方に基づく.

この情報空間は,簡単に言うと
脳というハードウェアの上に
プログラムとデータベースによって構築されたシステムで,
実世界からの情報・信号のやりとりによって
常に更新されていく.
このシステムは外部との信号の入出力によってのみ
書き換えがされるのではなく,
内部で自動更新がなされるシステムであるところが特徴である.

また信号の入力ははっきりと認識されるものもあるが,
無意識的に入力されているものも多く,
それが複雑さを増す原因になっている.

またこの情報空間と身体,心との関係は密接で,
この情報空間のプログラムを書き換えることによって
身体や心の病気を治療することもできるはずである.
これは自分に対しても,他人に対しても.

他人の情報空間を書き換える技術は
暗示,催眠,洗脳につながる.
その手段は言語に限らず,
非言語的なコミュニケーションによっても可能である.
一方でテレパシー的に感じられる意思疎通も可能となる.

また集団において,ある情報がやりとりされることによって,
たとえ実世界では存在していなくとも,
ある体験を共有することができる.
各人の情報空間に,実世界に存在しなくても,
存在する共通のものが存在しうる可能性がある.
すなわち幽霊,妖怪などが存在しうる可能性がある
(心霊写真,心霊ビデオはこの仮説で説明できない).

たった一節の音楽を聴くだけで,
情報空間の内部システムの状態が大きく変わることもある.
すなわち,そうした大きな結果を与えるKeyとなる信号を
有効に使うことによって心理状態をコントロールすることが可能となる.
ただし,それは無意識的に与えられるほど効果的となるが,
その技術は無意識的に与えることができるほど高度となる.
相手を,相手が認識しないうちにトランス状態に導き,
心理状態を導く技術が必要である.
また,まず自分をトランス状態に導くことによって,
他人を同調させる技術も可能である.

自分の情報の書き換えも容易に行えるような
技術が必要である.
そのロックを外すキーとなるアンカーを自分に設けるようにする.
印,呪文等がそれにあたる.
呪文は,情報空間の障壁に穴を開ける技術である.

以下,別記事にて.

態度で示そう

今年の目標は,
仕事上のシビアなものもあるけれど,
プライベートのものもいくつかある.

そのひとつが多読で,
またひとつがダイエット.

そして今年最も気をつけているのが,
目に見えないものを大切にするということ.
といっても,残念ながらオカルトな世界ではない.
(そちらについても今年はいろいろと考え,
そして試してみたいとは思っているのだけれど.
この話はまた記事を改めて)

人というものは,非言語的なコミュニケーションで
大きく支配されている.
例えば,ある心理学の報告によれば,
プレゼンテーションの印象などは,
その内容で決まるのは10%以下だという.
その他は,話し方や声のトーン,目線や表情,姿勢,
そうした非言語的なものによるのである.

確かに私の経験からもそんな気がする.
例えば,初対面の人の印象などは,
話している内容よりも,その人の表情や目線,
姿勢などで決めているようである.

初対面の印象だけではない.
日頃の人とのコミュニケーションにおいても,
そうしたことって,ずいぶんと大切ではないだろうか.
言葉と裏腹な心を,その人の態度から判断することも多いし.
私なんて正直者だから(笑),態度に全て出てしまう.

つまりは,今年の目標は態度で示すということだ.
態度をもっと相手の心に届くように
コントロールすることが今年の目標なのである.
ただコントロールするのは,態度ではなく
心だということが厄介なのだけれど.

性格のカイゼン

日曜日の今日もなぜか仕事.
明日が締め切りの報告書を仕上げるためである.
もっと早くやればよかったのに,といつも思うのだが,
そうもいかない事情もある.
(今回もデータがそろったのは先週末ギリギリだし)

研究は,ある程度チームで行っている.
私のそのプロジェクト管理がまずかったということなのだろう.
これは深く反省したい.
もっと良いやり方があるはずである.
もっとオン スケジュールで,
もっとストレスレスで,
もっと楽しく進める方法がきっとあるはずである.

カイゼンという言葉は,
自ら精進し,変革をしていくという姿勢が出ていて
私は好きだ.
某企業はこの言葉で大変有名になったけれど,
ちょっとやりすぎな感じがして,企業のやり方自体は
私はあまり好きじゃない.
でも,私の武道の教えにもあるのだけれど,
"万物は生成流転し,瞬時たりとも留まるを知らず"ということが
真理であるならば,
どうせ変わるならば良い方に変わればよいと思う.

出勤途中に,別の人格に
突然変わることができるかどうか,考えてみた.
仕事がよくできるという人格を自分で生成し,
そこに合わせるのである.

人間は,玉簾不断の生を生きるのであれば,
一瞬一瞬の自分はまた別であっても不思議はない.
こう考えれば,私が変わることだって不思議はないのだと思う.

自分がなりたいと思う人格を想像する.
そして自分をそこに合わせていく.
そうすることによって,また違った私をマージできるのだろう.
仕事の進め方も変わるに違いない.
連日,自然災害の甚大な被害について
報道がされている.

ミャンマーのサイクロンでは,
死者の数が10万人以上に,
そして中国四川省の大地震では,
5万人以上に達すると発表されている.

映像で流れるそれらの悲惨な被害は
目を覆うばかりである.
自分の目前に子供が埋まっているというのに,
親がなにもできないという状況.
私たちはどのような言葉を彼らにかけることができるだろうか.

何万人などという死者の"数"は,
確かに被害の甚大さを表す一つの指標ではあるけれど,
こうしたひとりひとりが抱える悲しみやつらさは,
そこに覆い隠されてしまう.
"数"だけが一人歩きするけれど,
その"数"は全く個人的な心情をすくい取ることはできない.

今日も日本では,多くの事件が起きている.
例えばその中のひとつの殺人事件の報道に目を向ければ,
断面的ではあるけれど,私たちは
その被害者や加害者,背景というものに
思いをいたすことができる.

しかし,今回のような大規模な惨事となると,
その"数"の大きさに私たちの想像力は
途端に貧しいものとなる.
何万人の死者,いや何百万人の被災者に
それぞれの事情があることを
つい忘れがちである.
だが,繰り返すが,
ひとりひとりに悲しみがあり,つらさがあるのだ.

そうしたことを,
倒壊した校舎を前に
ただ泣きながら立ち尽くしている
親たちの姿を見て思ったのである.

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