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今晩の「プロフェッショナル 仕事の流儀」。 外科医の幕内雅敏さんが紹介されていた。 とにかくその仕事ぶりを番組で観ていて 涙が出そうになった。 60歳の現在でも年間200を越える手術をこなすという。 番組で紹介されていた難手術に対しても 淡々と医者としての責務を果たし続けていた。 その姿にいつのまにか涙が出てきたのである。 私の父も手術で救ってもらっている。 こうした人たちのお陰で今日がある。 どう考えても非常につらい毎日。 休みなどない。 だが医者としての責務,そしてその喜びのために ただひたすら働く。 手術中,大変なときには「祈る」のだという。 何を祈るかというと,なんと 手術が終わるまで自分の体力がもて,と祈るのだという。 胸の奥でなにかがグッとうなった。 「楽なところには,それなりの喜びしかない」 難しいところに自分を追い込んでこそ, 仕事のプロとなれるのだ。 その覚悟がこの私にあるだろうか。 この番組は,単なる絵空事の理想を述べているのではない。
その厳しさの中に自分を置いている人が紹介される。 その人の存在が圧倒たるリアリティを持って迫ってくる。 なによりも説得力がある。 だからまた観てしまうのだ。 自分に足りないものを求めて。 |
テレビの話
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ミサキが注目するテレビの話です。時代劇や青春ドラマが中心かな。
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本当に最近忙しい。 しかし、ストレスが溜まってくると反動で何かをしたくなってしまう。 そんなわけで、ネットで放映が始まった”エヴァンゲリオン"の初回を観てしまった。 感激した。 凄い、これは! 10年前に放映されたものだとは思えない。 今観ても新鮮な感動、驚きがあった。 今更ながらに庵野秀明の才能に敬服する。 まずオープニング。 "残酷な天使のように〜" と名曲によっていきなり登場する意味深な宗教図。 そして、めまぐるしく変わる画面と踊る文字。 緊張感が否応にも高まる。 そして、エヴァンゲリオンの造型。 ガンダムのときのモビルスーツのデザインも大好きだったが、 この洗練されたデザインは今もって超えるものは出てきていないのではないだろうか。 エヴァはロボットではなく、人造人間なのだと今更ながらに感じられるデザイン。 いやぁ、今見てもカッコいい。 話のテンポもすこぶる良い。 やはりめまぐるしく場面は転換されるが、ストーリーは十分追っていける展開である。 登場人物の描き方も魅力的で、ぐいぐいと画面に引き込まれる。 しかし、登場人物たちの性格はかなりイタイ。 ガンダムのアムロもそれなりに屈折していたが、 エヴァの登場人物たちの性格もかなり偏向しており、 観ているこちらが辛くなるほどである。 だから残念ながら観終わって気分がすっきりするということはない。 それでも彼らの成長からは目が離せない。 だからまた観てしまう。 良くできたストーリーだ。 10年前の話だが、現在も全く色褪せていない。 私が初めてみたのは10年前。 放映が始まってしばらく経ってからだった。 社会人1年目。同期と私の部屋で飲むことになった。 酒のつまみのひとつにビデオを借りてこようということになって、 二人でレンタルビデオ屋へ行った。 お互い別々に評判が良いと聞いていたエヴァンゲリオンの第1巻をレンタル。 早速、寮の私の部屋の14型のテレビで鑑賞開始。 あっと言う間にビデオを観終わってみて、二人で一言。 "これはすごい。次借りに行こう!" 二人ともずいぶんな大人だったが、 大人であっても、十二分に魅力的な作品であった。 私もそれからのめりこみ、映画も観にいってしまった。 中学生に混じって映画館に並ぶのはちょっと恥ずかしかったが。 今観直してみると、あの頃の思い出もよみがえる。 良い時期だった。。。 エヴァの欠点といえば、思わせぶりな伏線が多すぎて、 最後まで観ても(映画を観ても)、謎の多くが解決されないことだろうか。 映画を観ても、あまりに残酷なシーンが多すぎて吐きそうになるくらいだ。 生々しい感情描写。 観ていて胸が苦しくなる。 そういった意味でも、過去のアニメと一線を画すものだといえるだろう。 10年経った今でも、いや10年経った今だからこそその価値はますます高まっている。 まさにアニメ界の金字塔である。 問題は、Yahooでは6話以降は視聴が有償であるということである。
だったらいっそレンタルビデオ屋でDVDを借りてこようかとも思う。 全シリーズを観るのは、"ダンバイン"以来だろうか。 家族と同居が始まるこのときに、シリーズ制覇の食指が動いてたまらないのである。。。 |
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日曜日の朝のお話。 とうとうマジレンジャーも終了してしまった。 意外に人気が高かったのではないだろうか。 (つくりとしては、デカレンジャーの方が良かったような気もするが) まず秀逸なのは、エンディングテーマ。 (これが第1か!?(笑)) 切ないメロディーと鼻にかかった声。 転調が繰り返されるこのテーマは、稀にみる名曲ではないか思われる。 CDもかなりの枚数売れたとのこと。納得である。 ストーリーを振り返れば、このシリーズは機械的というよりもファンタジー。 魔法と家族がストーリーの中心にあった。 "勇気に魔法が応えてくれる"というこのルール(?)によって、 マジレンジャーたちは伝説の魔法使いとして成長していく。 こんな勧善懲悪こそ、子供たちにふさわしいと思う。 (響鬼にも同じことを期待していたのだが。。。) 魔法というアイテムは、語られる世界をぐっと夢ある世界にしてくれた。 こんな戦隊ものも悪くない。 また家族を中心に置いた展開も良かった。 ケンカをしたとしても、それは結局家族ゲンカ。 どこかでしっかりと絆は残っている。ギスギスした感じはない。 これも良質のドラマとして、本当に良かった。 個人的には、マジブルーの女の子がよかった。 最後には、魔法使いの先生となんと結婚(!)してしまうのだが。 結局、お父さん、お母さん、五人の兄妹と先生。 すべて血縁関係になってしまうという結末。 戦隊の一人がウェディングドレスを着るなんて、いい企画だった。 私のような大きなお友達むけのサービスとしては、 魔法界の女王役として、曽我町子が出演したこと。 「5年3組魔法組」を知っている世代としては本当に懐かしい。 魔女ベルバラを思い出させてくれる。 製作サイドが、まぁ、私と同じような年代であるということか。 最終回、一番好きだったのは、あのいかつい顔のお父さん(磯部勉)が、 マジブルーと先生との新婚生活の話で、 姑にいじめられていると聞かされたときの心配そうな顔と それが嘘だと分かったときの明るい笑顔。 ぐっと来たよ!マジパパ。 これでマジレンジャーも終わってしまった。 次回からはボウケンジャー。 機械っぽくてちょっと悲しい。 心温まる話がいいなぁ。 ******** さて、仮面ライダーカブト。 結局、息子と話を合わせるために、第1話から見ている。 気になるのは、里中唯演じる機械と話せる女の子。 昔の裕木奈江を彷彿とさせるルックスと演技だ。 ストーリーは未だ判断できない。
平成ライダーにありがちな矛盾だらけの、 裏切り合いのストーリーだけは勘弁して欲しいと思っている。 |
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■「独自に入手した情報」の出所と入手法に関する疑問 ライブドア関係の報道が相次いでおり、各報道機関で入手した情報が公開されている。 例えば、NHKではライブドア幹部の電子メールの内容を独自に入手したという。 そこで不思議に思うのは、その入手法である。 どうやって個人的な情報に属す電子メールを入手できたのだろう? ・警察からの情報提供? 警察はライブドア社の捜索の際に、パソコンを押収している。 では、警察から?素人考えではあるが、現在捜査が進行している状況で情報を公開する可能性は少ないのではないかと思う。(そもそも警察がそういう情報は公開しないのではないか) また、報道によれば押収されたパソコン内のメールは消去されていたという。 したがって、この経路の可能性はかなり少ないだろう。 ・電子メールをやりとりした人がリーク? リークする人は、自分も違法行為を知っていたということになり、かなり危険な立場に置かれるのではないだろうか? また、リークする人がNHKに売ったのだろうか? それともNHKが情報を買いに声をかけたのだろうか? このような個人的な情報を公開することに問題はないのだろうか? またこのような情報に対しては謝礼としてかなりの金額が支払われているのだろうか。 それは合法的行為なのか。 (名簿を売買することと同様なのか?) 公共放送であるNHKは、情報の入手方法に違法行為があってはならないはずである。 情報源の守秘義務は守られるにしても、その入手方法には説明は不要なのだろうか。 なにか納得がいかない。 ■手のひら返しのホリエモン報道 ちょっと前まで、ホリエモン、ホリエモンと祭り上げておいて、現在は全くの悪役扱い。 その節操の無さに呆れているのは、私だけではないはず。 私は、報道の無責任さには昔から反感を持っている。 このことについては、また機会を改めて。 ■「西遊記」を見て ちょっとした疑問 くだらない疑問なのだが、今週の「西遊記」を見て思ったこと。 ある妖怪が出てくる場面で、深津絵里演じる三蔵法師がお経を唱えていた。 「カンジザイボサツ ギョウジンハンニャァハラミタジ ......」 般若心経??? あれ?
般若心経って、玄奘三蔵が天竺から持ち帰ったお経じゃなかったっけ? まだ旅の途中なのに(というか、まだ3話目)、これはおかしいなぁ。 と、細かく、くだらない小言をいってみた。それだけ。 |
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■仮面ライダー響鬼がとうとう最終回を迎えた。 大人の私が、珍しく熱くなるドラマだった。 "完全新生"をうたった今年の仮面ライダー。 その言葉にふさわしいものとなった。 もちろん、一部に知られているように途中でプロデューサと脚本家が代わるという前代未聞の騒動があったのだが、その前半部だけでも十分伝説となりうるドラマだったと思う。 後半は従来の仮面ライダー路線となってしまって、ずいぶんがっかりしたのだが、 それでも前半の設定をひきずっていたために、まだマシなものになったと思う。 ■特に今日の最終回は、最近見なかった展開だった。 先週の終わりには、"オロチ"と呼ばれる妖怪(マカモウと呼ばれる)大戦争の様相を示し、今週は、いつものカタストロフィ的な結末かと半ば諦めていたのだが、 思いのほか良かったと思う。 "オロチ"は、最初の数分だけで終了し、その後は話はすでに"オロチ"を終えた1年後に飛んでしまった。 そこで再び今期の仮面ライダーのテーマである、大人の背中を見て育つ少年の成長、 響鬼とアスム、師匠と弟子の関係がクローズアップされていた。 良かった。 おどろおどろしい派手な演出はほとんどなかった。 こんな地味な最終回は、仮面ライダーとしては画期的なのではないだろうか。 やはり響鬼はこうでないと。 中学生が高校生となり、自分の道を探していく、 そうしたジュブナイルこそが、響鬼の良さだったと思う。 製作陣が変わる29話までは、このコンセプトを軸に、アクションドラマというよりも、 むしろホームドラマ、あるいはラブコメ、学園ドラマとして話が展開していた。 私も熱中していたものである。 しかし、それがオモチャの主たる購買層である小学生、幼稚園児にどのように映ったか。 たぶんテンポが遅く感じられ、また微妙な少年特有な心の揺れなどが描かれて、 理解できなかったのではないかと思う。 噂に寄れば、響鬼グッズの売り上げは例年の30%程度でしかなかったという。 製作陣交代はやむなし、と思う反面、あの素晴らしい響鬼が路線を変更したのは返す返すも残念である。。。 ■30話以降は、初期の設定などほとんどお構いなし。 本日の最終回においても、初期の設定がほとんど守られていない。 また全く謎が解かれないままに終わっている。 童子と姫については、どうなっているのか。 鎖のようにつながるオチでお茶を濁してしまった。 先週のスーパー童子と姫の自我の目覚めなどは、全然物語に関係ないものとなってしまっている。 残念至極である。 とはいえ、最後に響鬼とアスムの関係にフォーカスしたのは良かった。 こんな人間的な最終回を迎えるなんて、最近の展開から思いもしなかった。 と思って、番組ホームページで細川氏のインタビューを見ると、最後は脚本と全く違ったものになったそうである。 現場が考えた結末だという。。。 深くは考えたくないが、やはり現場は前半を引き継いだ展開を望んでいたということだろうか。ずいぶん現場も悩んでいたに違いない。 こうした結末を迎えることが出来て、本当に俳優をはじめとする現場の方々に深く感謝したい。 ■画期的といえば、今回仮面ライダーが、細川茂樹氏であったことが大きい。 当然のことながら彼の演技力は近年のライダーでずば抜けている。 大人の鑑賞に十分応えるドラマがそこに描き出されていた。 また、斬鬼という仮面ライダーの存在が画期的だった。 俳優は松田賢二。彼も実力者だ。 やはりオジサン(失礼)ライダーなのだが、番組早々に引退してしまうのである。 こんな設定めったにない。(ウルトラマンレオのときのセブンくらいか) そして、轟鬼との師弟関係が、響鬼とアスムの関係と並行して描かれていく。 私は斬鬼のファンだった。 彼は、理想的な上司、先輩として轟鬼を育てていく。 このドラマでは、鬼は子供目線で描かれたカッコいい大人の背中が描かれていたが、 斬鬼、響鬼は、大人から見ても憧れとなりうるカッコよさを持っていた。 はっきり言ってしまえば、子供向けのドラマではなかったのである。 大人、それもいつのまにか日常の中でカッコよさを忘れてしまった大人たちに向けてのメッセージが込められていたのだ。 だからこそ、大人のコアなファンが生まれたのだと思う。 そして、本当の大人から子供達へ送るメッセージが込められていた。 それがはっきりと表れたのが、本編ではないが、"オロナミンC"のCMであると思う。 これについては、初めて見たときの感動をブログにも書いた。 まさに画期的であった。 素晴らしいメッセージ。 私達大人がヒーローに求めるカッコよさがそこにはあった。 ヒーロー同士がいがみ合って戦う、そんなドラマは要らないのだ。 子供達に、将来の希望を示すことが出来るドラマを望んでいる。 ■残念ながら、私の希望する響鬼は商業的に受け入れられなかった。 しかし、一部に熱狂的な「大人の」ファンを生み出した。 それは、子供ではない我々大人たちが望むヒーロー像であったことの証である。 そして、響鬼は必ず伝説として何年後も語り継がれるであろう。 ■インタビューで細川氏は、まだいろんなことがやれると思うと答えている。 特撮のもつ可能性の広がりを私達も感じることができた。 またいつか、響鬼が我々の前に現れるかもしれない。 細川氏も、ご要望があればいつでも出勤すると話している。 そのときのために、私もまた鍛え続ける。 いつでも出動できるように。 私も"鬼"のような誇りをもちたいものである。 そして一言。 "鍛えてますから。 シュッ(あのポーズ)" #怪奇幻想文学評論家の東雅夫氏もかなりコアな響鬼ファンである。 というか、彼のブログを読むと行く先々の作家の皆さんと響鬼の話題で盛り上がっていたようである。彼の考察はいろいろと興味深いのでご紹介。 |




