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映画の話

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たまに見る映画の話。ネタばれ注意!
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息子と一緒にパイレーツ・オブ・カリビアンを観に行ってきた。
久しぶりの映画で私もワクワク。
しかし,1,2作目ともに観ていない。
一方の息子はこれでシリーズ制覇となる。
いろいろと私にこれまでのストーリーを話してくれた。

驚いたのは時間の長さ。
なんと3時間以上もある。
息子が飽きずに観ていられるか,
あるいはトイレにいかないでいられるか,
ひどく心配だったのだけれど,
そんなものは不要。
映画はすごく魅力的で,
飽きるどころか目を離すこともできないくらいだった。
息子も全然問題なく楽しんでいた。

私も声をあげて笑っていたらしく,
あとで息子から指摘をうけた。

映画としては,本当によくできている。
3作目だけ観てそう思うのだから,
シリーズを観てきた人にはたまらないかもしれない。

なんといってもジョニー・デップ。
この人の魅力がやはりすごい。
この人なしにはこの映画は成り立たないのだと思った。
こんなにハジけて演じているなんて知らなかったし。
いやぁ,ファンが増えるのも無理はない。

あとは,オーランド・ブルームの甘いマスクがよかったかな。
そして,キーラ・ナイトレイってこれが素晴らしくきれいなのね。
だいたい男っぽくキリリとした眼の女の子には弱いのだ。
(うちの奥さんも眼だけは三白眼かと思うくらい怖いのだ)
久しぶりにドキドキする女優を見た。

サオ・フェン役のチョウ・ユンファは出てきたときは,
くりーむしちゅーの有田かと思った(笑)
素振りはまるで有田がグレートムタの物まねをしているようだったし。

ということで,ネタばれになるので内容の話はなし。
1,2作目もぜひ観てみよう。
細かいところはつっこみどころ満載なのだけど,
そんなことはどうでもいいくらいに,登場人物が魅力的。
これでシリーズが終わりだなんてもったいない。
次回作に大期待!

#実は家を出る時に息子を叱責してしまった。
せっかくの楽しみに水を差すような行為をしてしまい,反省。
うちの奥さんにもこっぴどく私が怒られた。
たしかにひどかった。
もっと優しい父親になろう,と思う。

#子供たちは夏にディズニーランドに行く予定。
今からカリブの海賊を楽しみにしている。
なんたって,ジャック・スパローが出てくるというのだから。
私はもう何年も行っていない。あぁ,子供たちがうらやましい。
(息子なんて,7歳で20回近く行っているんじゃないか)
作家は,書き終えたときにもう死んでもよいと思うような作品があるという。
オスカー・ワイルドの場合,それが「幸福な王子」ではなかったか,と
この作品の新訳を最近出した曾野綾子は述べている。

もしそうした作品があるのだとしたら,
スターローンにとっては,
それが「ロッキー」(監督J.G.アビルドセン,脚本・主演S.スターローン, 1976)であることに
多くの人が同意してくれるだろう。

実は先日名古屋のホテルで「ロッキー」を観た。
(インターネット放送なのだけど)
久しぶりに見て,「ロッキー」というのは
単純なサクセスストーリーではないことを再確認した。

この映画は,ついイメージで,
エイドリアンとの愛に燃えた単純なスポ根ものと考えがちなのだけれど,
実際には,あの時代のアメリカの底辺にいた人々への暖かいまなざしにあふれている。

ロッキーの周囲にはひとりとして優等生は出てこない。
みなやるせない何かを抱えながら生きている。
この閉塞した街でまっすぐに生きていくということがどれだけ難しいことか,
人々との関わりの毎日の中で淡々と描かれていく。

ロッキーもずっとゴロツキの生活から抜け出したいと考えていた。
だが現実は借金の取り立て屋と成り果てている。
なんどの挫折が彼にあったのだろうと思いやられる。
エイドリアンとの恋愛も悲しいくらいに痛々しい。

エイドリアンの兄,ポーリーの悪態にも耐えつつ,
それでも友情を育んでいく。
決して彼を拒否しない。

トレーナーのミッキーに対する屈折した感情もただ吐き出されるだけではない。
ロッキーがうらみごとを言ってミッキーを部屋から追い出したあと,
ミッキーを追いかけてアパートの前で和解するシーンなどは,
ロングショットでセリフも無く描かれる。
「ロッキー」の中でも大好きなシーンのひとつ。
思わず胸が熱くなる。

こうした底辺の人々の描写こそが「ロッキー」の主題なのである。
最後の試合の結果は,その展開のひとつでしかない。
だからこそこの映画の価値がある。

アメリカンドリームは近くて遠い。
だが夢は実現しなくても一生懸命に生きている人々がいる。
たとえ本人には満足できなくとも,
その人生には素晴らしい価値がある。


#実は映画館でロッキー6作目の宣伝を観て,1作目を観ることを思いついた。
あのテーマ曲(ビル・コンティ作曲)が流れ,
ロッキーがリング上でダウンしているシーンを観て,
思わず手を握り締めた。
単純だといわれようとも,やっぱり大好き。
本当に単純な2,3, 4作目も結構好きなのだ。
やはり私の脳は筋肉で動いているのではないだろうかと思う
私はバレエに詳しくはないのだけれど,
そんな私にも忘れられないダンサーと曲がある。
ジョルジュ・ドンとラベルのボレロである。

初めて彼の映像を観たのは、映画

「愛と哀しみのボレロ」(監督 クロード・ルルーシュ、1981年)

の冒頭シーンだった。
人生は愛と哀しみを繰り返す,といった意味のナレーション(だったと思う)があって,
ボレロが始まる。

真っ赤な円形の舞台の上にひとりリズムをとり始めるジョルジュ・ドン。
手が彼の身体を撫でるように動き,胎動が始まる。
ひと目みて,明らかに天才の凄みを感じることができる。
天才だけが持つオーラに磁石のようにひきつけられる。
観たことのない人には決して説明できない磁力。
彼にはそれが存在した。

繰り返されるボレロの旋律にしたがって,
小さく構えて律動する。
彼の手が大きく振り回され,
また小さな律動に戻っていく。
官能的で,かつ本能的な動き。


それはひとつの衝撃といってもよかった。
(ちょっとおおげさだけど)
人間がその身体を用いて表現することの可能性の大きさを,
頭ではなく,本能的に感じたような気がする。
彼を観ていると,自然に自分の身体も動いてしまいそうになる。

そして,続けられていく踊り。
そして,映画のストーリーが始まる。

しかし,実は映画を観たのはこの冒頭部分のみである。
深夜のTV放映だったので,観ることをあきらめたのだ。
しかし,ジョルジュ・ドンの踊る姿だけは,深く脳裏に焼きついてしまった。

それが,モーリス・ベジャールという天才による振付であり,
そして,ベジャールの芸術の体現者であるジョルジュ・ドンというダンサーによるものだということを知ったのはずいぶん後のことであった。
しかし,ラベルのボレロを聴くたびに,彼の姿を思い出していた。

最近,彼の映像を再び目にする機会があった。
ダイジェスト版ではあるが,曲のクライマックスまで観ることができた。
もう何もいうことはない。
ただただ感激した。
やはり素晴らしい。
ラベルの曲の病的なクレッシェンドにしたがって,
彼のダンスも情熱的に盛り上がっていく。

このダンスはもともと女性のために作られたものであるという。
マイヤ・プリセツカヤの映像も最近観ることができた。
確かに素晴らしい。別の可能性を感じる。

しかし,ジョルジュ・ドンのボレロを超えていない気がする。
オリジナルは女性用の振り付けでも,
ジョルジュ・ドンはそれを彼の血肉と化したのだ。
男が表現することによるなんという官能性。
それほど彼のボレロは深く私の心に焼き付いてしまったのだ。

残念ながら彼の踊りをもはや観ることはできない。
1992年に亡くなってしまったのだ。
HIVだったという。

それでもラベルのボレロを聴くと,彼の踊りを追い求めてしまう。
時代の天才振付師と天才ダンサーとの奇跡的な出逢い。
それが映像として残り,今日目にすることができるだけでも,
私たちは幸せと思うべきなのだろうけど。





#"メロディ"と呼ばれるこの役を踊ることができるのは,
ベジャールが認めたほんの一握りの踊り手しかいないのだという。

今年,シルヴィ・ギエムが最後のボレロを踊るという公演があったが,
残念ながら観ることはできなかった。
また,上野水香のボレロも。

いつか,生で見てみたい。
そして,誰かまた,ジョルジュ・ドンを超えるダンスを見せて欲しい。
"それをつくれば、彼は来る"("If you build it, he will come.")

そんな不思議な言葉をとうもろこし畑で聞いたことから、
畑を切り開いて野球場を作ってしまう一人の農夫。
嘲り笑う周囲をよそに、それを支える家族。
そして野球場が完成すると、"彼"はやってきた。
とうもろこし畑の向こうからやってきた男。
それは、ブラックソックス事件で野球界を追放されたシューレス・ジョーだった。
彼をはじめに、次々とゴーストが野球場にやってくることに。。。

そして農夫にとっても大切な人の姿を目にすることになる。
それは、若い頃に家を飛び出して以来一度も顔を合わさなかった若かりし父だった。

キャッチボールをする二人。。。

"For our parents"
映画の最後のクレジットである。

いいなぁ、今思い出してもキャッチボールのシーンはぐっとくる。
この映画はもちろん、

"Field of Dreams" (監督 P.A.ロビンソン、主演 ケビン・コスナー、1989)

である。私も映画館で観た覚えがある。
ブラックソックス事件を予習するために
"エイトメンアウト"という映画のビデオも事前に観たっけ。

私は特別野球ファンというわけではない。
しかし、この映画を思い出すと
野球、いやキャッチボールというものにちょっと郷愁を感じてしまう。
父親とキャッチボールをする。
なぜ、このことがこんなに心を揺さぶるのだろう?
私だけではない。
周囲の友人に尋ねても、息子とキャッチボールをするのが夢だ、と答える人が多い。
キャッチボールには、なにか特別な魅力があるのだ。

キャッチボールは、お互いにボールを投げあうだけである。
スポーツとも呼べない。
しかし、そのボールは相手が取りやすいように投げる必要がある。
ボールが逸れれば、”ごめん”と謝る。
つまり、相手を慮ってボールを投げる、それがキャッチボールなのだ。

長時間行っても飽きないのは、ボールに強弱をつけて投げ合うからだ。
ボールの緩急に相手の心を感じる。
相手の投げたボールをバシッと受ける。
それは相手の感情を受け止めているような気がする。
キャッチボールはまさに心のやりとり、そのものなのだ。

親子でキャッチボールをすることは、親子で交流することになる。
普段はなかなか気楽に話せなくても、キャッチボールをすれば、
たとえ言葉数は少なくとも心の交流ができたような気になれる。
そこがキャッチボールの魅力なのだと思う。

私も初めて父親に買ってもらったグローブのことは今でもはっきりと覚えている。
子供用だったが、薄茶のグローブから匂う新品の革の香りが、
今でも鼻の奥に残っているようだ。

現実問題、私はキャッチボールが下手だった。
それでも、父は我慢強く、しかし笑顔で相手をしてくれた。
やっぱりうれしかった。

先日、息子がグローブを義母から買ってもらった。
そのまだ硬い黒革のグローブをうれしそうにはめている息子の姿を見ると、
30年前の私もこうだったのかな、と思う。
とりあえず、ゴム球を買ってキャッチボールをしてみた。
もちろん、息子は初めてなのでへたくそだ。
だが一生懸命ボールを追いかけている姿を見ると思わず笑みが浮かんでくる。
30年前の父もこうだったのだ。

実は、そのときにぎっくり腰になってしまった。
この一週間ずいぶんつらい思いをした。
しかし、それでもまた息子とキャッチボールをしたいと強く願っている。
すくなくとも息子がやりたい、といってくれる間は、受けて立とうと思っている。
いつか私の投げるボールを、バシッと息子が取ってくれるようになる日まで。
"フィンランドのかもめはデカい"

とのセリフから始まる映画。

「かもめ食堂」 (小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ、監督 荻内直子、原作群ようこ)

初日に観てきた(関西は25日(土)が初日)。
初日ということで、昼には出演者による挨拶があった。
すごく混みそうな予感がしたので、本日の最終回、18:30〜の上映を観にいった。
が、なんとそれでも満席。
映画館もあまりの混雑に、21:05からの追加上映を用意していた。
ということで、私はその回のチケットを入手した。
やはり人気らしい(私はこの人気は、一部だけだと思っているのだが)。

このレイトショーに行ってみると意外に席が空いている。
(といっても7割は埋まっていたけど)
9割は女性だった。
そんな中、オヤジが一人で観ているのはちょっと恥ずかしかった。

さて、映画は全編フィンランド ヘルシンキ ロケがまず素晴らしい。
小林聡美をはじめとする出演者から期待するとおりの雰囲気で話は進行していく。

<ストーリー>
サチエ(小林聡美)は一人ヘルシンキでかもめ食堂を営んでいる。
なぜかメインメニューはおにぎり。
しかし、オープンしてから客足はさっぱり。。。
そこへどうもワケあり風なミドリ(片桐はいり)とちょっとした縁で知り合って、
それから少しずつエピソードとともにお客が増えていく。
美味しいコーヒーを淹れるコツをお客さんから教えてもらったり、
にぎやかなおばさんたちがお客さんになったり。
そして、これまた謎の女性マサコ(もたいまさこ)がやってきて、
3人の女性の間に不思議な友情のようなものが芽生えていく。
その何かが育っていく雰囲気を、何気ない日常のなかに描いていく映画である。

まぁ、ハートフルコメディと呼ばれる分野の映画なのだろう。
(ハートフルコメディといえば、同じく小林聡美の"てなもんや商社"を思い出す)
爆笑することもないし、涙を流すこともない。
観終わってしばらくして、じわじわとその暖かさが伝わってくる、そんな映画である。
(私は"バグダッドカフェ"という映画を思い出した)

私は、観終わったときに、"よくこんな映画が作れたなぁ"と思った。
正直、あまりヒットも期待できない内容だ。派手な話は全然無い。
それでもこの初日の人の賑わいを観ていると、
なぜ作ることができたかわかるような気がする。
3人の女性が、遠いヘルシンキの青い空の下、自分の足元を見つめながら、
踏ん張ることもなく、自然に素直に生きていくその姿が、
どこか(特に独身の)女性の心の琴線に触れるものがあるのだろう。

なんといっても小林聡美が魅力的だ。
彼女の演技には私はちょっと不自然さを感じるのだが、
そこが逆にこの主人公にぴったりで、
彼女なくしてはこの映画は成立していないことは確かである。

設定では、彼女は合気道がかなりできることになっており、
毎晩、膝行の稽古をし、その技を披露する機会もある。
合気道ってやっぱり自立していく女性にとっては魅力的なツールなのかと思う。
彼女のようなポジションの女優は数少ないだけに、この先ますます楽しみである。
(今回はサービスショットもあることだし)

私は、人は世界のどんなところにおいても、ちゃんと生きていけるんだなぁ、と
少しこの映画の主題とは違うかもしれないが、そんなメッセージを感じた。
日本から遠く離れた地においてこそ、心の再生は容易になるのかもしれない。
なんの関わりもない3人の女性は、ヘルシンキの空の下、ちゃんと生きていた。
人は結構強いものだ。

私の評価は★★★★☆(5点満点で4点)。
小林聡美が奥さんの三谷幸喜って幸せだなぁと思うことしきり、の映画だった。
(あまり家事はしないと三谷は言っていたが)

#映画の中で幻のコーヒーといわれるコピ・ルアックの話が出てくる。
私はこのコーヒー飲んだことがあったようななかったような。
イタチかジャコウネコかの糞の中に含まれる豆を使うということで、
結局遠慮したんだっけ。。。

#これからしばらく映画館で映画を観ることはないだろう。
家族と同居がとうとう始まるからである。
また、出張先でこっそりと映画を観ることになるのかな。

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