みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                   多良見西川内の道路改修記念道案内標石

 多良見JR市布駅から後方川沿いの谷間車道を上流に向けて走る。西川内のバス停終点からまだ500mほど行くと、橋の手前で広い駐車場があり、車道が左右に分かれる。写真のとおりののどかな場所。無線柱の根元にこの標石がある。城跡津屋岳の山腹に長崎バイパスが見える。

 古賀町陸角氏が3年くらい前、たまたま津屋岳からこの道の方へ下ってきて見かけたという。話を聞いたとき、長崎街道などで見る藩境石と思った。平成19年2月16日陸角氏の都合がつき、森田氏の車で織田先生も誘って出かけたが、そうではなかった。場所ものどかだが、しかし、標石も苔むしてのんびりとして珍しかった。
 寸法は、21cm角、上面四角錘まで高さ170cm。右面「改修記念」、「名代」1人と「改修委員」6人の名前あり。右面「大正十二年春」。正面がふるって、上に「指差し」の絵あり「大草村 伊木力村へ上り十三丁十間」とあつた。

 「指差し」から、左右の分岐は右コンクリート道が改修道路と思われるが、最近地形図では途中から山道となって多良見普賢岳の鞍部を越す。陸角氏は地元からあと1本あったと聞いているが、まだ探しきれない。改修道路の起点と終点に建てたのだろう。
 どこかにある標石をまねたのか、年代は新しいが格調高い造りと織田先生は感心しておられた。多良見郷土誌から調べてみたい。

 研究レポートでこの標石の写真を見た京都市上西氏(近代測量史研究)から、宮城県白石市にも似たような標石があると、連絡を受けている。(一番下の画像)
 「上から指向する手の形、つぎに英文筆記体で横書き「Main Road Tokio」、その下から縦書き「一等道路東京街道」とありました。彫りが薄く、写真にはうまく現れていません。」

 多良見町「多良見町郷土誌」平成7年刊新版の750〜751頁には、西川内の標石は次のとおり紹介されていた。
 7,道路改修記念碑 ここ源八から千年首(千人首)までの道を改修整備した記念の碑。「大草村、伊木力村へ上り十三丁十間 大正十二年春 改修記念 名総代松尾喜久之助」他改修委員五名の名を刻む。十三丁十間は約一・四粁である。


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