みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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江戸期のみさき道 (往路後半)

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                    岳路回りのみさき道(岳路みさき道)

 岳路海水浴場バス停下に今魚町の道塚があることから、岳路回りのみさき道のコースがあったことが推定される。蚊焼から永一尾の山の稜線を行きゴルフ場の道塚から高浜へ出るいわゆる「みさき道本道」に対する、海沿いの蚊焼・岳路・黒浜・以下宿の集落を通って、高浜毛首の延命水手前で本道と合流するもう一つの「みさき道」である。私たちが道を区別したり書きものをするとき、そう呼んでいるだけで、正式な名前でないし認知はされていない。

 蚊焼から先の永一尾の稜線に、道塚が見あたらないのは不思議なことであったが、妙道尼信女墓の所に道塚があったと記憶されている人はおり(蚊焼桑原氏)、徳道とゴルフ場にある道塚を結ぶと、この稜線の道が「みさき道」であったことは間違いない。関寛斎は「長人」を通っている。
 しかし、このコースを外れて岳路に1本だけ、しかも同じ今魚町の道塚が離れてある。これは海沿いに岳路を回るもう1本の「みさき道」であった。生活道として集落を結ぶ道がまずあったことは、当然なことである。本道との分岐は蚊焼西大道の道塚である。この道は実際歩いて楽なのである。

 元禄十四年「肥前全図」に描かれている赤道の線は、この道のようであり、明治の後半期に入り栄上から蚊焼に抜ける道が整備されると、かえってこのコースの道が利用されたと考えられる。長崎ー野母間の船便が運航され、外海が荒れたときは蚊焼まではなんとか来られたが、後は歩いて家に帰ったという体験談を聞く。

 この道は岳路から黒浜ダムの下を黒浜まで行き、黒浜トンネル手前からいよいよ「尻喰坂」越えをし、以下宿地蔵堂から南谷を上がって高浜延命水手前の小さなアンテナ塔のあるところでゴルフ場道塚から下って来た「みさき道本道」と合流する。


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