みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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江戸期のみさき道 (往路後半)

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                       熊根の石燈籠とはどんなものか

 長崎市脇岬町。南側海岸五島灘から吹きつける荒波を受けとめるよう、西南2kmにわたり熊根という砂丘がある。ここは有名な海水浴場でもある。その裏手、墓地内の中央の高所に、高さ約5mの大石灯籠がある。
 この海域は昔から航海の難所で遭難する船が多かった。村人たちが浄財を集めて天明2年(1782年)大石灯籠を建立し、航行する船の目印にしたと言う。「観音寺保存古文書」より。
 伝承では「抜け荷灯籠」とも言われ、遠見番所から役人が5日に1回来るので、点灯しているかどうかで合図したらしいが、真偽はまったく不明である。

 平成17年脇岬公民館講座資料、達利昭氏作成「ふるさと再発見 岬の神々を訪ねて」の中の説明は次のとおり。

15 熊根石灯篭 常夜燈 (諸町墓所中央部丘)
 天明2年(1782)で今から217年前に建立されたもので、発起人は誰であったかさだかでありませんが、おそらく村の人達の間で人命救助のため浄財を出し合って、船の航行に支障がないようにとの願いをこめて観世音菩薩に献燈し碑文を当時の住職に依頼したものであると思われます。

 常夜燈碑文
建此燈者古今四方溺死干海中者及爲人所殺鳥獣魚虫属風有血気者皆以祈冥福又以祈是燈願主五福並臻百事如意且四方海舶至於此有闇夜迷惑徃徃不得入港今掲此爲標亦庶其旡爲礁石浅紗所膠也。
                 天明2年(1782) 観音寺住職第八世 泰 田 宗 耕
此の燈を建てるは古今四方海中に溺死する者及び人の殺す所の鳥獣魚虫属およそ血の気のあるもののために皆以て冥福を祈り、又以てこの燈の願主五福並臻し百事意の如くならんことを祈り且つ四方の海舶ここに至って闇夜迷惑し往々にして入港し得ず今これを掲げ標となし又、礁石浅砂のために膠する所ならんことをこひ願うものなり。

(註)五福 五つの望ましい幸せで、長寿、富裕、無病息災、道徳を楽しむ、天命を全うする。
   並臻 臻は集まって来ると云う意味で、五福がいっしょになって集まって来る。
   海舶 船舶のこと。
   迷惑 まよいまどうと云う意味
   礁石 岩礁のこと。
   浅砂 砂
   膠  固定して動かないこと。


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