みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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      長崎大学附属病院横に赤レンガのミニ石橋?があった  長崎市坂本1丁目

 最初は、長崎市平野町22街区にある赤レンガと切石の「階段橋」写真。長崎大学附属病院前から医学部正門の方へバス道路はカーブする。すぐ左に富士医科精器長崎支店ビルと看板があり、歩道から下方の小川を覗くと階段橋はある。
 階段部分は崩落しかけている。原爆落下中心地は間近か。よく耐え、灼熱地獄を見たであろうと思われる年代の不思議な橋。
 HP「長崎県の石橋を訪ねて」の説明は次のとおり。

  第 100 番 平野町の階段橋   長崎市平野町22番の旧道(裏道)
  年代は未確認   長さ 約3.0m 幅員 約1.2m
  赤レンガと切石の階段橋。長崎大学付属病院からの小川にかかる。
  もとはどんな役目の階段だったんだろうか? 行き場の無くなった橋は哀しい。

 源流は、坂本小学校上の穴弘法寺の山。下流と上流をたどった。下流はすぐ暗渠となって、九電工ビルからバス通りの下をくぐっているようだ。バス道路を渡って上流の旧道を行く。「清水橋」「大正十三年八月竣工」と銘があるコンクリート橋があった。
 川の先はすぐ右から枝川がある。合流点にコンクリートの堰堤が築かれ、2本の小川の流れを集めている。

 大学病院が現在地の坂本にあるのは、第五高等中学校医学部時代の明治24年(1891)から。堰堤は水を溜めてない。大雨時に右道路下暗渠?へ川の流れを変えるよう鉄柵の落し口がある。この上方の枝川流れ込み出口が赤レンガのアーチ式ミニ石橋?となっている。
 上は大学正門左横から坂本小学校へ上がるれっきとした広い市道。底に降りて調べた。

 アーチ部分は、長さ6.3m、幅員1.1m。奥は現在、大学の駐車場と正門道となり、暗渠か真っ暗である。赤レンガはただ張っているようであり、厳密なアーチ式石造橋とは言えないかも知れない。下水路のような橋であるが、HPを作成している方のリストには表われてないので、見てもらいたい。
 橋の場所は、長崎市坂本1丁目8街区。大学病院前交差点から30mほど市道を入った木谷内科ビルのすぐ先角である。

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こんばんは、お返事するのが遅れていまして申し訳ありません。
立派な橋なんですが、分類すればコンクリート若しくはセメント橋というべきでしょう。
内側のレンガの隙間から薄刃の刃物を入れてみますと、レンガ一枚の厚みの先にはコンクリートが有ることがわかります。
スパンが小さいのでレンガを支保工にして架橋したのではないでしょうか?

2008/3/20(木) 午後 10:19 [ zento ]

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可愛い橋で、大学病院の古い歴史を感じさせ、私も石橋としてはどうかと思いながら、話題として載せました。
わざわざお手数をかけ申し訳ありません。

2008/3/21(金) 午前 0:20 みさき/michito


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