みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の藩境石と塚

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                   今村川岸の藩境石塚  大村市今村町

 国道34号線西諫早の貝津町交差点から長崎日大高校の方へ左折し、三浦回りの県道37号線へ入る。津水大橋から今村川沿いを行くと今村橋があり、長工醤油先から小橋を渡り川の右岸土手道を進むと、水門がある広場にこの藩境標石が立つ。
 現地説明板は次のとおり。塚は説明板上の高台にすぐ2基ほど見られる。

                        藩 境 石 塚

 ここ今村川の川岸に立つ標柱には「従是(これより)東佐嘉領真嵜村 西大村領今村、此下江川(えごう)」と書かれています。これは藩政(江戸)時代の国境石柱で、ここを起点として藩境石塚が約三十メートルおきに点々と諫早・大村境を北上しています。

 大村郷村記によると、享保十年(一七二五)に設置され、その数三百数十基、大村は丸塚、諫早は角塚を交互に築きました。大村藩・佐賀藩共に厳重に守って来たもので、修理の場合も両者役人立合いのもとに厳正に行いました。しかし戦後の開発、開拓によって、その多くは消失しています。当会のこれまでの調査では、六十基が西部丘陵で確認されていますが、今後、未踏査の区域の調査が進めばもっと増えるものと思われます。

 藩境石塚は、その時代、命がけで護ってきた貴重な境界標柱であると共に、文献史料を伴う歴史遺産であり、大切に保存すべきものである。
 讃州谷(説明は略)
                     一九九九年三月    西部地区の環境と文化財を守る会


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