みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                   壱岐安国寺跡  壱岐市芦辺町深江栄触

 安国寺は、芦辺町の南にあり芦辺港から県道23号線により行く。印通寺港からなら原の辻遺跡を通り、同県道により行く。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

                      壱岐安国寺跡  県指定史跡

  指定年月日 昭和49年4月9日  所在地 壱岐郡芦辺町深江栄触546
  所有者 安国寺
 足利尊氏・直義兄弟は夢窓疎石の勧めによって、平和を祈願し、元弘以来の戦死者の菩提をとむらうため、暦応元年(1338)頃から約10ヵ年にわたり、全国六十六国二島にそれぞれ一寺一塔をつくった。そして貞和元年(1345)に光厳上皇の院宣によって、寺を安国、塔を利生と称した。
 壱岐安国寺はこの時創建されたものではなく、既存の海印寺を安国寺にあてたもので、そのため壱岐安国海印寺と呼ばれている。安国寺の開山は無隠元晦で、京都南禅寺から観応元年(1350)以後に来島して開いた。以来火災にあうこともなく、高麗版大般若経などを蔵して今日にいたっている。一利生塔は今日伝わっていない。

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壱岐には各所に千人塚がある。数千人いや万を越える老若男女が、辱めを受け殺された。

元冦の犠牲者をともらう為の安国寺で草刈をしているオバチャンと話していると、特別に宝物展示場館に案内してくれて、資料もいろいろ頂戴した。

彼女が私に語るのは、
寺宝であった般若経典数百巻が、シャッターや鍵を壊され盗難にあい、その後、その経典が、韓国の国宝に指定された。
一日も早く、無事に戻ってくるように毎日祈るのみであり、極めて無念な日々を送っている 。
とのことである。

世の中で、不条理な目に遭うことは、珍しく無い。
しかし、正しいと思うことは、言い続けて、チャンスをまたなけばならない。

2011/9/27(火) 午後 8:27 [ 海の汚染は118電話 ]


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