みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎の巨樹・名木 (東長崎)

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                  (D)古賀の藤棚  長崎市中里町

 国道34号線により古賀町を過ぎ、つつじが丘入口の先となる「藤棚」バス停の交差点から右折する。すぐ長崎街道の通りへ出るので、少し戻ると「古賀の藤棚」がある。
 または、東町から長崎街道の道を行く。現在は古賀町でなく、中里町の町域となっている。
 次の樹木の再掲。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/28469095.html

 2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(D)でフジ棚を記している。同写真説明は次のとおり。
 昔、旅人たちの休憩所になっていた藤棚とその石碑。5月、花は満開になる。旅人の心を和ませた素朴な人形と美しい藤の花。

 東長崎地区連合自治会「2000年の東長崎」平成13年刊、巨木・名木90〜91頁による説明は次のとおり。
                     ◇藤の名木  古賀の藤棚

 古賀の藤棚バス停留所より100m入ると、旧長崎街道になる。すぐそこに一瞬目立つ老木の藤の棚がある。古賀人形十八代小川学氏の邸宅の玄関先に、今から400年前、文禄元年(1592年)古賀人形の発祥のころより少し後に植えられたと言われている。
 昔は街道を通る旅人や諸大名の休憩所ともなった茶屋であった。この藤は右巻きに巻きつく野田藤という品種で、棚の長さは、およそ15mもあり、剪定や施肥等小川さんが管理している。
 現在でも、5月の初旬には、薄紫色の花房が1m〜1.3mにも垂れ、文字通り街道に花を添えている。(二日酔いには、藤の実を焼いて食べると効くそうである)

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こが〜でこんがらがして♪の古賀ですね。
私の実家近くに、古賀人形と同じ製法の「愛宕焼」という焼き物があったとか・・・。

2008/11/10(月) 午後 0:35 takeppe

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現在の長崎焼人形が、愛宕焼を大久保平氏が昭和63年頃復活させた人形のようですね。ハイカラな格好、鮮やかな絵付けがよく似ていますが、素朴さは古賀人形ですね。矢上で焼いて、古賀でこがらかし、久山で食ろうた♪のは、何でしたかな…

2008/11/10(月) 午後 2:38 みさき/michito


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