みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                    清 水 寺  長崎市鍛冶屋町

 長崎市鍛冶屋町、清水寺の中門となる石門を訪ねた。本堂は現在、改築工事中。寺裏の墓地までも何とか行けた。
 清水寺のこの石門には、明和(江戸末期)の文字が刻まれているらしいが、確認できない。
 長崎webマガジン「ナガジン」の、発見!長崎の歩き方「寺町界隈ぶらり散歩道」による寺の説明は次のとおり。
              長崎山 清水寺(清水観音 清水寺)(真言宗霊雲寺派)

 元和9年(1623)創建。山城国の僧(京都清水寺の真言僧)慶順が仏像を抱いて来崎し、薬師石(瑞光石)が光った場所に寺を開いたと言い伝えられている。
 清水寺本堂(県指定有形文化財)、清水寺の梵鐘(市指定有形文化財)、絹本著色不動明王三童子像(国指定重要文化財)
 長い坂段、本堂前の石畳、石造りの欄干、清水寺内に使われているほとんどが 風頭の石を使用。京都清水寺の僧だった開基の慶順は、この寺を京都の清水寺以上の名所にしたいと考え、清水の舞台に模した石の舞台を造ったと言われている。
 瑞光石は本堂裏にあり、石の裏に千手観音の種子(頭文字)が梵字で刻まれている。

 参道途中に江戸末期、製茶貿易で名をはせた長崎の女傑「大浦お慶」が信仰していた「歓喜天」が祀ってある聖天堂がある。お慶は油屋町の油問屋・大浦太平次の娘。利益で国事に奔走していた坂本龍馬、高杉晋作、大隈重信などを援助したことで知られる。
 明治17年56歳で死去。お慶の墓石は清水寺本堂から100m程上った隣町の高平町にある。

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大浦お慶のさるく説明板はどこに有りましたか?
普通だと、電気のカホ(かなり古いですね)、西沢、ツルちゃん付近と思うのですが

2009/4/8(水) 午後 0:38 パソ親父

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大浦お慶のさるく説明板は、清水寺参道入口の石塀にありました。墓は矢太楼横から高平町へ坂段道を下っていたら、偶然に出合い助かりました。
蛍茶屋の一の瀬橋は長崎街道の出発点であり、ここはさるく説明板が必要でないでしょうか。

2009/4/8(水) 午後 2:36 みさき/michito

本堂の工事、相当前から やってるような 気がしますが、まだ終わってないんですね〜。

2009/4/8(水) 午後 11:02 髭親父

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本堂の改築工事は、ご覧のとおり中はまだスッカラカンでした。石垣を築き直したり、長い工事になってますね。

2009/4/9(木) 午前 0:57 みさき/michito


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