みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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         大瀬戸町に残る方角を刻んだ道標  西海市大瀬戸町瀬戸板浦郷ほか

 西海市大瀬戸町から県道12号線により大串の方へ向かう。長崎県立西彼杵高校グランド先に西海市立大瀬戸中学校があり、左折してこの道へ入る。1kmほど走ると、右脇に立派な標柱が立っている。
 正面「紫雲山公園登山口」、右面「新四国八十八ヶ所霊場入口」、左面「昭和三十四年四月吉日」と裏面に建立者を刻む。23m角、高さ1.6m。本題はこの石柱ではない。

 ここからまた少し走る。登りきった所が旧街道の変則四差路になって小高い丘が残り、真ん中に方角・集落名を刻む道標の標石が立っている。
 4面に刻面があり、「東 大串」「北 多以良」「西 板ノ浦」「南 かしノ浦」と刻んでいる。19cm角、高さ65cm。小さな標石だが、昔から重要な往還道分岐だったのだろう。このあたりの地名は板浦大抜というようで、瀬戸樫浦郷との境となる。

 ここに標石が残っていることは、地元でも良く知られているようだ。大瀬戸歴史民俗資料館から聞いて訪ねたのだが、同じような標石が実は瀬戸下山郷の往還道にも残っている。
 大瀬戸町「大瀬戸町郷土誌」平成8年発行の廃藩置県以後の各村の村勢(1)里程などの503頁を読んでいて気付いた。古い標石の写真があった。詳しい説明はなく「下山の往還道にあった往時の道標」とのみ記している。

 「西 瀬戸」と刻まれ、板浦大抜の標石と刻面が違う。「あった」と過去形のような説明も気になり、瀬戸下山郷へ行ってみた。大瀬戸中学校入口の交差点に戻り、大串方向へ県道12号線をしばらく走ると、「下山」バス停があり、雪浦から羽出川沿いに上がってきた道と合う。
 当時の往還道は、この先少し行った小道である。右へ入ると往還道の分岐があった。郷土誌に写真が載っている標石が、畑の土手に無造作に倒されてあった。

 立てて見ると3面に刻面があり、「西 瀬戸」「北 大串」「南 雪ノ浦」と刻んでいる。18cm角、高さ75cmの標石である。
 放置されているのはもったいない。大瀬戸歴史民俗資料館へ知らせ、立て直しをお願いした。
設置年代はわからない。いずれも明治以前か、明治初期の標石と思われる。

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あのバイクで廻られているのですか?
記事には関係ない事ですみません。

2010/7/13(火) 午前 7:42 [ - ]

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ヤマハの50ccバイクです。大瀬戸まで2時間かかります。スピード違反で2回捕まりました。山道へ入るから、このバイクがいいです。

2010/7/13(火) 午前 11:20 みさき/michito

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貴重な資料ですね、もう少しちゃんと管理して欲しいですよね

2010/7/13(火) 午後 0:39 パソ親父

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下山往還道は、現在の県道から少し中へ入った所を通っていました。そのためこの標石は忘れ去られていたのでしょう。思いがけない貴重な見つけものをしました。

2010/7/14(水) 午前 6:35 みさき/michito


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