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かつての名勝地「道の尾公園と温泉旅館 萬衆園」 長与町郷土誌から
浦上水源池の畔にあるラジウム温泉「道の尾温泉」。本ブログ2008年6月1日次の記事「道の尾温泉の歴史と風景 西彼杵郡長与町」の続き。
http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/39474725.html
長与町教育委員会編「長与町郷土誌 上巻」平成6年発行の528〜530頁に、かつての名勝地「道の尾公園と温泉旅館 萬衆園」として、詳しく記しているので抜粋した(クリック拡大)。
道の尾温泉HPにも歴史の項がある。http://www5e.biglobe.ne.jp/~oyu/history/index.html
「道の尾温泉の歴史」は、概略次のとおり(道の尾温泉− face(フェイス)より)。
道の尾温泉のある地は「湯川」という字名があり、古くは小川(現在は暗渠になっている)から湯気が立ち上り、大根などを洗っていたと言い伝えられています。この地に20歳前後の農民 古田吉平氏が自らの田畑を売り払って明治元年(1868年)に創業したのが道の尾温泉である。
古田氏は料亭万衆園、道の尾公園を次々とつくりあげ、これらを一大レジャー施設として経営しました。当時の建物は赤絨毯が敷かれ、熱帯植物などが植えられた洋風な造りで、長崎港に入港したロシア、フランス等の水兵たちの姿も見られたと言われています。温泉に掲示してある版画から、当時の様子を窺い知ることができます。
古田氏は事業経営のみならず、地域発展にも貢献し、諫早−長崎間の鉄道建設時のルート案を検討する際にも奮闘し、温泉から500mの位置に道の尾駅を設置。現在のJR長与線のルートとなっています。
道の尾温泉の古写真は年代不明。大遊園図(長崎市立図書館収蔵)も、館内の展示パネルと同温泉HPから写した。
料亭「萬衆園」は、温泉場と別に現在のファミリーマートの場所にあった。長与町立高田中学校先から山道を、「大遊園」の跡、道の尾公園中央高台へ行けると聞いて、自然石に刻まれた上村彦三郎中将揮毫「忠霊碑」を探したが、現在は大規模な宅地造成中。現地がさっぱりつかめず、対面できなかった。
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昭和40年代、西北小学校の遠足は「道の尾公園」でした。今のファミマの少し先の路地辺りから少しだけ登ると公園に出たものです。今一度再訪したいと思っていたのですが…宅地造成中でしたか…残念です。
2012/5/18(金) 午後 11:13 [ ufu*uc*t ]
「道の尾公園」は、私も昔に行った覚えがありますが、今は現地が変わって、さっぱりわからなくなっています。大規模な工事中で、立ち入り禁止です。
2012/5/18(金) 午後 11:45
坂道の望遠生角坂道のところにあります事件ですからお願いします相模中望遠のお馬鹿な川名公園ですお願いしますご縁ですね小学校のところに酒メッセの公園の所にあります金田公園川名公園栄行きたが俺のも
2019/8/25(日) 午後 1:46 [ .l7lth”Kay,ok ]