みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎名勝図絵・長崎八景の風景

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

             長崎名勝図絵の風景  36  西泊御番所・戸町御番所

 「長崎名勝図絵」は、長崎奉行筒井和泉守政憲の命を承け、当時長崎聖堂助教で儒者であった、西疇 饒田喩義強明が、野口文龍渕蔵の協力を得て編述し、これに画家の竹雲 打橋喜驚惟敬の精緻な挿絵を加え、完成したもので、執筆は文化、文政年間(1804−1829)であったと思われる。平易に読める文体に書き改めた詳訳が、丹羽漢吉先生の訳著によって、長崎文献社から長崎文献叢書第一集・第三巻「長崎名勝図絵」として、昭和49年(1972)2月発行されている。(発刊序から)

 本ブログ「長崎名勝図絵の風景」は、主な図絵について現今の写真と対比させる試み。デフォルメされた図絵が多く、現在ではそのとおりの風景はほとんど写せない。おおかたがわかる程度の写真として撮影している。解説は詳しく引用できないので、図書を参照していただきたい。
 戸町番所跡は本ブログ次を参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/9930891.html

  長崎名勝図絵 巻之三   西邊之部

 221  西泊御番所  (文献叢書 197〜203頁  所在地 長崎市西泊町)

  長崎の西南20町ばかり、湊の右手の西泊郷にある。寛永18年(1641)筑前城主松平右衛門佐忠光が、上意を蒙って建てられた。外周220間、坪数約3900坪。山の地形を利用して、堡をなしている。

 222  戸町御番所  (文献叢書 197〜202頁  所在地 長崎市国分町)

  長崎の南20余町、湊の左手戸町浦にある。寛永18年(1641)幕命により、肥前城主*鍋島忠直が建てられた。〔*長崎実録大成は、西泊戸町両番所共、筑前侯が建てたとし、多くはこの説をとる。〕ここは西泊に対して、東泊とも呼ぶ。東西両御番所が相対して、魚鱗鶴翼の陣のようである。白壁が星のように点々と連らなり、鎗刀は雲のように集まり、その他の兵器、船具、火砲等もあって異船の侵攻に備えている。筑前肥前の二藩が、隔年交替でこれに当り、兵士数百人が詰める。俗に千人番所という。
 東泊というのは、小菅浦の南、湊の出口で、西泊と相対する。戸町村に民家五六十戸がある。漁家が芦葦の中に網を干している。静かなたたづまいも又、一景である。熊山(チヂヤマともいう)に発する川を戸町川といい、ここで海に注ぐ。附近は温石(オンジヤク)を産する。…


.
みさき/michito
みさき/michito
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事