みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

長崎名勝図絵・長崎八景の風景

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             長崎名勝図絵の風景  40  半 片 山(福 田 洞)

 「長崎名勝図絵」は、長崎奉行筒井和泉守政憲の命を承け、当時長崎聖堂助教で儒者であった、西疇 饒田喩義強明が、野口文龍渕蔵の協力を得て編述し、これに画家の竹雲 打橋喜驚惟敬の精緻な挿絵を加え、完成したもので、執筆は文化、文政年間(1804−1829)であったと思われる。平易に読める文体に書き改めた詳訳が、丹羽漢吉先生の訳著によって、長崎文献社から長崎文献叢書第一集・第三巻「長崎名勝図絵」として、昭和49年(1972)2月発行されている。(発刊序から)

 本ブログ「長崎名勝図絵の風景」は、主な図絵について現今の写真と対比させる試み。デフォルメされた図絵が多く、現在ではそのとおりの風景はほとんど写せない。おおかたがわかる程度の写真として撮影している。解説は詳しく引用できないので、図書を参照していただきたい。
 福田洞は古写真考の次記事も参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/55325227.html

 長崎名勝図絵 巻之三   西邊之部

 240  半 片 山  (文献叢書 217〜219頁  所在地 長崎市福田本町)

  福田洞 長崎の西南三里余、大村領との境、福田浦の前にある。山が半分削れたように、絶壁となっている。山頂に一株の松があって、風致をなす。下に洞穴が五つある。皆南に向いているが、一つだけ北に向いているのがあって、これは小舟で這入れる位の広さがある。洞門のところで、海水がはっきり区切られたようになっていて、中は青々と澄んでおり、塵一本も浮いてなく、又濁ることもない。洞の奥は深くて、誰も極めた者がいない。時津の近くまで達しているとか、龍が棲んでいるとかいわれている。一度大村の人が、探検のために炬火を持って、中に這入ったが、暫く行くとどこからか風が吹いて、火を消された。それで火をつけて更に進み、数十歩行くと、又もや風のために吹消され、これを三四回繰返えして、まだ奥に達しないので、遂に断念したそうである。この洞の中で、時に鳴動があり、その声が遠く長崎の街まで聞こえる。鳴動すれば三日を出でずに、風雨があると信じられている。だから漁師はそれで天候を判断した。とに角一つの変った名所である。

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こう言う洞窟って昔海賊が・・・・なんて良く夢を膨らませた物です。

2012/4/17(火) 午後 0:08 [ - ]

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福田洞の確認は、危険な海岸を3回行って、やっと辿り着きました。瀬渡船で正面から写してみたいです。この辺りの海を舞台に、高橋治氏の小説「秘伝」(直木賞受賞)講談社昭和59年2月刊があります。面白い本です。ぜひ読んでください。

2012/4/17(火) 午後 4:27 みさき/michito


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