みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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四国(徳島・高知)

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                    土佐国分寺  高知県南国市国分

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。

土佐国分寺
所在地 高知県南国市国分546

土佐国分寺(とさ こくぶんじ)は高知県南国市にある真言宗智山派の寺院。摩尼山(まにざん)、宝蔵院(ほうぞういん)と号す。本尊は千手観世音菩薩。四国八十八箇所霊場二十九番札所。札所寺院としては単に国分寺と称するのが通例である。
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
ご詠歌:国を分け 宝を積みて 建つ寺の 末の世までの 利益のこせり

歴 史
聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」により全国に建立された国分寺(金光明四天王護国之寺)の一つである。当寺は寺伝によれば天平13年(741年)に行基が千手観世音菩薩を刻み本尊として安置し開創したとされる。その後弘仁6年(815年)空海(弘法大師)が毘沙門天を刻んで奥の院に安置、その頃真言宗の寺院となったという。史実としては、『続日本紀』に天平勝宝8年(756年)、土佐を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したことがみえるため、この年以前には創建されていたとみられる。

国分寺周辺は古代から中世まで土佐国の国府の所在地であり、「土佐日記」の作者紀貫之も国司として4年間当地に滞在した。国府の中心である国庁は国分寺から徒歩15分の位置にあり、かつてその近くにあった土佐国総社は現在当寺境内に移されている。

寺はたびたび兵火に遭ったが、永禄元年(1558年)には長宗我部国親、元親によって金堂が再建。明暦元年(1655年)に土佐藩2代藩主山内忠義が山門を寄進した。大正11年(1922年)に境内全域が国の史跡に指定されている。

文化財
重要文化財(国指定)
・金堂(本堂) - 1904年(明治37年)指定、杮茸、寄棟造。永禄元年(1558年)建立
・木造薬師如来立像 - 1913年(大正2年)指定、平安時代中期作、像高99.5cm、檜材一木彫
・木造薬師如来立像 - 1911年(明治44年)指定、鎌倉時代作、像高35.5cm、寄木造、応永13年(1406年)修理銘入
・梵鐘 - 1956年(昭和31年)指定、平安時代前期の作、口径47cm、高さ63.8cm、重量225kg
史跡(国指定)
・境内 - 1922年(大正11年)指定
高知県指定保護有形文化財
・本堂の厨子・須弥壇 - 1997年(平成9年)指定
・絹本著色両界曼陀羅 - 1997年(平成9年)指定、室町時代作
弥生時代の住居跡


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