みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

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長崎の風景・史跡 (県 南)

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                        洗切継ぎ場・跡  長与町平木場郷

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」長崎県リストによるデータは、次のとおり。

    平木場郷の洗切継ぎ場・跡 ひらこばごう
(西彼杵)長与町 <長崎往還> 石垣 江戸期 長与町郷土誌・上 p515-516 石垣のみ残る(個人宅) 長崎奉行や大名の長崎往来の際、馬・わらじの交換、飲水などを行った場所 3 C

 長与町教育委員会編「長与町郷土誌・上巻」平成6年発行のその他の古跡515〜516頁による説明は、次のとおり。
 この項は、本ブログ次も参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/65040027.html

    洗切陣屋跡(継場跡)
 平木場郷洗切にあり、県道33号線長崎バス洗切停留所のすぐ近くである。現在は古立正明氏(平木場郷206番地)の屋敷になっている。土地の人たちはここを継場と呼んでいる。
 藩政のころ、長与村は長崎往還の定助郷として、長崎奉行や諸国の大名が長崎往来の節は、村から人・馬・野菜・たいまつ・ぞうり・わらじなどを提供する定めになっていた。それらはみんなここに集められ、人々は、ここで馬を乗り替えたり、わらじを履き替えたり、のどを潤したりして旅を続けていた。ここには、きれいな清水のわき出る井戸もあった。
 また、長崎に急変が起ったときなどは、ここが大村藩士たちの一つの集結地ともなっていた。
 今も昔をしのばせる古い石垣や、ため池が残っている。ちなみに、この屋敷が、のち、洗切小学校発祥の地となった。


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