みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                    木慈の垣漁跡  瀬戸内町木慈(加計呂麻島)

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」鹿児島県リストによるデータは、次のとおり。瀬戸内町古仁屋港から加計呂麻島瀬相港へフェリーで渡る。県道614号により北西へ木慈まで行くと、集落手前の海岸にこの垣漁跡が残る。長さは約80m、高さ約60cm。押角の垣漁跡は、訪ねていない。

      木慈と押角の垣漁跡 きじ、おしかく
(大島)瀬戸内町(加計呂麻島) 木慈、押角 魚垣 江戸期? 町記念物 WEB(みさき道人) /WEB 昭和戦後まで使用/半壊状態で残る 奄美大島北部では垣の所有形態が私有的であるのに対し、瀬戸内一帯では集落で共有されていたとされる 3 C

 瀬戸内町立図書館HPの文化財の紹介(町指定文化財)による説明は、次のとおり。

      垣 漁 跡
 垣漁とは、満潮時に石垣内に入った魚たちが干潮になって逃げ遅れたところを網などで捕えるという素朴な漁法のことである。奄美大島の垣漁は、波穏やかな海岸線を持つ本町をはじめとして、笠利町や龍郷町の湾岸で行われていた。奄美大島北部では垣の所有形態が私有的であるのに対し、瀬戸内一帯では集落で共有されていたようである。漁の際に使用した網(サデ網)についても同様だ。戦後もしばらくはこの漁法が行われており、キビナゴの群が漁垣内に入ると素早く中央の出入り口を網でふさぎ、垣内のキビナゴを捕っていた。大小の竹カゴや網ですくい取る方法はもちろん、両足をV字型に伸ばして座り、そのまま前方に進みながら、足に触れる魚を素早く掴み取る方法もあった。現在では、木慈集落と押角集落に2ヶ所に半壊した石積みが残るだけである。

 ブログ「大奄美史」紀行による記事は、次のとおり。

      2014-03-21  木慈の垣漁跡  加計呂麻
 木慈集落東側の県道沿いの海岸に垣漁の跡が残されている。垣漁は満潮時に石垣内に入った魚を干潮時に捕まえるという漁法である。波は静かで潮が引いて海底が露出しているが、こういう地形が適しているのだろう。戦後もしばらくはこの漁法が行われていたようだ。
 龍郷では平家漁法跡と名付けて史跡としている。口碑では遠見番をしていた平家の武将が退屈しのぎに思いついて始めた方法が大島に広まったと言われているらしいが、・・ ⇒ 平家漁法跡 (瀬留)- 「大奄美史」紀行

 近づいてみると結構たくさんの石を使っている。旧暦5月5日には伝統行事としてカキオコシ(修復)の作業を集落総出で(校区の小学生も参加して)行うという。かつては神女たちがオボツヤマに登ったというから宗教的な行事でもあったようだ。
 この漁法は長崎県、大分県、沖縄の石垣島や下地島にも跡が残っていて、九州では石干見、沖縄では魚垣と呼ばれているそうだ。確かに原始的な漁法だから、地形などの条件さえ良ければどこにあってもおかしくない。


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