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入江正利氏稿「崇福寺 関聖帝君の右頬(ほお)の疵(きずあと)の謎」
寄稿・ゆうこう・その他
永松荒籠 柳川市七ツ家
九州(福 岡 県)
永松荒籠 柳川市七ツ家
九州(福 岡 県)
永松荒籠 柳川市七ツ家
九州(福 岡 県)
「永松荒籠」について、重ねてご教示ありがとうございます。原資料は、筑後川河川事務所からもらったもので、これ以上確認のしようがありません。柳川市作成のパンフレットにも、「永松荒籠」として同じ写真があります。市や河川事務所がまったく間違っているのでしょうか。
http://www.city.yanagawa.fukuoka.jp/library/download/shisei02/20090401/09040114.pdf
一方、デ・レーケの導流堤は、次にあるようなものと考えられます。
http://kurumenmon.com/okawa/douryutei/sodatinsyou.html
本間様の数日後の「みなくるSAGAのブログ」考察を、楽しみにしています。いずれにしても私たちは、「永松荒籠」の正しい画像提供を、本間様にお願いできればと希望します。
永松荒籠 柳川市七ツ家
九州(福 岡 県)
[ 本間雄治 ]
2016/10/28(金) 午前 10:06
崇元寺公園の石門とガジュマル 那覇市泊1丁目
九州(沖 縄 県)
小林永濯「桃太郎」の鬼が島絵図には「そして、きわめつけは鬼が島の城門! これは、鬼が島を異国とみなして考証されている。明治初年に、異国情緒あふれる・・といえば、西洋式でしょう。だから、鬼が島の城は、レンガ作りの城壁をめぐらし、西洋の城壁のようなイメージ。しかも入り口はアーチ門!
しかし、永濯は、100パーセント西洋ではない「鬼が島」を考えたのでしょう。なにしろ、桃太郎がすぐにいける場所ですから、地球の反対側ではない。門扉は日本の城門の木戸風。そしてアーチは石造り(コレこそ、正しい日本の城壁)で、アーチの天辺には鬼瓦!!
…ちなみに、江戸末や明治に作られた石造りや、レンガ造りのアーチ門は、現在でも長崎に残っています。それを知っていて、日本でいち早く異国情緒を取り入れた町ということで、採用したのかもしれませんが・・。」とありますね。さてさて、どちらでしょうか。




