みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                        白保小学校のアコウ  石垣市白保

 HP「八重山の巨樹・名木・群落」による説明は、次のとおり。石垣市白保の国道390号沿い左に白保小学校はある。校庭の三本木と言われる「沖縄の名木百選」アコウとは別。白保小学校の北側角と校門脇に立つアコウである。

      11.白保小学校のアコウの木
 白保小学校のアコウの木。白保小学校の北側角にあります。
 南側道路からの眺めです。 白保小学校の、道路沿いの北側の角(向かいは白保郵便局)には大きなアコウ(オオバアコウ)の巨木があります。推定樹齢150〜200年といわれ、石垣市の「緑の戸籍簿」にも登載されています。
 また、白保小学校の校門にも大きなアコウの木があります。 白保小学校校門のアコウ。校門右側にある大木です。校舎前にあります。

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             白保小学校の三本木(オオバコウ・ガジュマル・デイゴ)  石垣市白保

 沖縄県環境部環境再生課HP「おきなわ緑と花のひろば」沖縄の名木百選による説明は、次のとおり。石垣市白保の国道390号沿い左に白保小学校はある。校庭に三本木が並立している。

      白保小学校のオオバコウ
白保小学校は、明治23年に簡易小学校として設置された、創立121周年の歴史と伝統を持つ学校である。
同校内には、「アコウ」「ガジュマル」「デイゴ」の三本の巨樹が並立して生育しており、地域では通称「三本木」と呼び親しんでいる。
 当該樹木は、去った大戦前から生育する三本木のひとつとして、子供達の成長とともに生育し、幹周りは3.56m(直径1.1m)と太く、枝は傘状に拡がり、その樹形は均整がとれている。
 当該アコウは、長く校内に生育し、これまでに巣立った数多くの子供達を見送り、今も遊び場や憩いを提供し続け、子供達に健やかな成長を見守り続けている。
 白保小学校は、年中花と緑のある学校として、平成12年に全日本学校関係緑化コンクール準特選に選ばれており、このような緑化環境の中、当該オオバアコウは、適切に管理がなされ、小学校のシンボルとして、大切にされ続けている。

 認定番号  109
 認定年度  平成23年度
 樹  種   オオバコウ
 樹  高   8.05m
 幹  周   3.56m
 推定樹齢  100年以上
 所在地    石垣市字白保73-1
 経度・緯度 24.3543608_124.2389893
 所有者    石垣市

      白保小学校のガジュマル
 白保小学校は、明治23年に簡易小学校として設置された、創立121周年の歴史と伝統を持つ学校である。
 同校内には、「アコウ」「ガジュマル」「デイゴ」の三本の巨樹が並立して生育しており、地域では通称「三本木」と呼び親しんでいる。
 当該樹木は、去った大戦前から生育する三本木のひとつとして、子供達の成長とともに生育し、幹周りは3.55m(直径1.1m)と太く、枝は四方に拡がり、その樹形は均整がとれている。
 当該ガジュマルは、長く校内に生育し、これまでに巣立った数多くの子供達を見送り、今も遊び場や憩いを提供し続け、子供達に健やかな成長を見守り続けている。
 白保小学校は、年中花と緑のある学校として、平成12年に全日本学校関係緑化コンクール準特選に選ばれており、このような緑化環境の中、当該ガジュマルは、適切に管理がなされ、小学校のシンボルとして、大切にされ続けている。

 認定番号  110
 認定年度  平成23年度
 樹  種   ガジュマル
 樹  高   9.25m
 幹  周   3.55m
 推定樹齢  100年以上
 所在地    石垣市字白保73-1
 経度・緯度 24.3537158_124.239760
 所有者    石垣市

      白保小学校のデイゴ
 白保小学校は、明治23年に簡易小学校として設置された、創立121周年の歴史と伝統を持つ学校である。
 同校内には、「アコウ」「ガジュマル」「デイゴ」の三本の巨樹が並立して生育しており、地域では通称「三本木」と呼び親しんでいる。
 当該樹木は、去った大戦前から生育する三本木のひとつとして、子供達の成長とともに生育し、幹周りは3.64m(直径1.1m)と太く、枝は四方に拡がり、その樹形は均整がとれている。
 当該デイゴは、長く校内に生育し、これまでに巣立った数多くの子供達を見送り、今も遊び場や憩いを提供し続け、子供達に健やかな成長を見守り続けている。
 白保小学校は、年中花と緑のある学校として、平成12年に全日本学校関係緑化コンクール準特選に選ばれており、このような緑化環境の中、当該デイゴは、適切に管理がなされ、小学校のシンボルとして、大切にされ続けている。

 認定番号  111
 認定年度  平成23年度
 樹  種   デイゴ
 樹  高   9.25m
 幹  周   3.64m
 推定樹齢  100年以上
 所在地    石垣市字白保73-1
 経度・緯度 24.3537158_124.239760
 所有者    石垣市

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                      アダドゥーナー(安多手井)  石垣市宮良

 サイト「近世以前の土木・産業遺産」沖縄県リストによるデータは、次のとおり。国道390号宮良西バス停の少し先から、南側の市道に入り下って行くと、「アダドゥーナー」の史跡説明板がある。
 洞穴湧水を再建時に丸い井戸状にしたのではないか。井戸の中までは確認忘れ。

      アダドゥーナー(安多手井)
石垣市 (石垣島) 下又屋敷遺跡 洞井(湧水) 深12m(斜道21m) 18世紀後半以前 市史跡 現地解説板/WEB 現在は放置状態(ゴミも) 1771年の明和大津波で埋没(それ以前から存在)→再建/40段の石段で洞内に降りていく洞窟湧水(ウリカー) 3 B

 現地説明板は、HP「石垣島の石碑・説明看板(郊外−1)」によると、次のとおり。

      アダドゥーナー  石垣市史跡  昭和55年10月31日指定
 この井戸は人と水とのかかわりを知るうえで大切な遺跡である。宮良むらの由緒あるウリカー(降り井戸)として、昔から人びとの信仰を集めている。ウリカーとは、直接水面まで降りて水を汲む井戸のことで、傾斜する降り道には40段の石段が設けられている。
 「八重山旧記」に「安多手井」と記されているこのアダドゥーナーは、宮良むらの歴史とかかわりの深い「下又屋敷遺跡」(しいむぬかくいせき)の内にあって、下の村創設のころ、神に願立てして水脈を掘りあてたという伝承がある。以来、神の水として崇信され、共同井戸としても広く利用されてきた。
 近年は各自の井戸や貯水タンクが普及したことや、上水道が敷設されたことにより、共同井戸としての利用はなくなったが、アダドゥー願いは今でも続けられている。
 また、周辺には外本御嶽があり、磁器や陶器、鉄滓などの遺物も出土している。井戸の深さは12m、斜道21mである。
 なお、この地域で無断に現状を変更することは市条例によって禁止されています。
      昭和62年10月  石垣市教育委員会

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                     明和大津波遭難者慰霊之塔  石垣市宮良

 現地碑文は、HP「石垣島の石碑・説明看板(郊外−1)」によると、次のとおり。国道390号宮良橋を渡り左折して、老人ホームなごみの里の先まで行くと、右手高台に上がる「明和大津波遭難者慰霊之塔」の案内標識がある。慰霊之塔は、1枚目写真の岩の後ろ側に建立されているから、岩の左から回り込んで下る。

      16.明和大津波遭難者慰霊之塔
碑 文
 八重山の古記録大波之時各村之形行書によれば 乾隆三十六年(日本年号明和八年)三月十日(一七七一年四月二四日)午前八時ごろ大地震があり それが止むと石垣島の東方に雷鳴のような音がとどろき 間もなく外の瀬まで潮が干き 東北東南海上に大波が黒雲のようにひるがえり立ち たちまち島島村村を襲った 波は三度もくりかえした 史上有名な八重山の明和大津波である
 津波は石垣島の東岸と南岸で激甚をきわめ 全半潰あわせて一三村 ほかに黒島 新城二村が半壊し 遭難死亡者は九三一三人に達した
 こうして群島の政治 経済 文化の中心地石垣島は壊滅的打撃をうけ 加えてその後の凶作 飢饉 伝染病などによる餓死者 病死者も続出して 人口は年年減少の一途をたどり 人頭税制下の八重山社会の歩みを一層困難なものとし その影響はまことに計り難いものがあった この天災から二一二年 狂瀾怒涛のなかで落命した人人のことを思うとき いまなお断腸の念を禁ずることができない このたび有志相謀り 群島全遭難死亡者のみたまを合祀してその冥福を祈り あわせてこの未曾有の災害の歴史が永く後世に語りつがれていくことを念願し 島内外各面の浄財と 石垣市 竹富町 与那国町並びに諸機関 団体の御協力を仰いで ここにこの塔を建立した
 一九八三年(昭和五八)四月二四日
 明和大津波遭難者慰霊碑建立期成会

※ 「古記録大波之時各村之形行書」は、「おおなみのときのかくむらのなりゆきしょ」と読みます。

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                           ちびすく石  石垣市宮良

 HP「石垣島・東海岸の津波石群」による説明は、次のとおり。国道390号宮良橋を渡って左折し100m程度行った右手の畑の中に「ちびすく石」という津波石があるらしい。HP写真には、石がはっきり写っている。
 私が現地を訪ね撮影した場所(ズームできる)と同じと思われるが、すでに石全体が木立に覆われ木立も伸びて、背景の赤屋根の建物(老人ホームなごみの里の施設か?)も見えず、HP写真と合致するかどうかわからないが、一応、紹介しておく。畑の奥まで入り、石面を良く確認するべきだった。

      ちびすく石
 宮良川に架かる宮良橋の北東にある津波石です。宮良川を遡った津波によって打ち上げられたと伝えられています。
 「ちびすく石」は市街地から北上し、宮良橋を渡って左折し100m程度行った右手の畑の中にあります。「ちびすく石」はこのように、畑の中にあります。

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