みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                    仁田木場にある円形コロシアムの畑地

 西山台から仁田木場へ行く。集落の中心に来ると右手へ西山木場に下る市道があり、ここから500mほど下ると、道路下にこの畑地が写真のとおり見える。
 直径50mくらいのやや楕円形。真ん中が低い。ギリシャの円形コロシアムか高知や徳之島で盛んな闘牛場のような姿をしている。長崎で言うならお宮日の踊り場にまるでそっくりであろう。中が舞台、周りは高く取り囲んだ観客席だ。

 ここを車で通るたびに、前からいつも感心していた。中のハウスは前はなく、平地となっていたのでなおさらである。自然の地形が単になせたものか。あるいは集落が昔なにかそれらしき行事をしていて築いたものか。さまざまに思いがふくらむ長崎の山上にある風景である。
 

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                   多角点・・・大草高岩神社上の農道

 最近の新しいコンクリート石柱。「多角点」とあった。多良見普賢岳から大草へ下る。山道が切れ急なコンクリート舗装の農道を下っていたら、その大カーブ地点にあった。この下は高岩神社で、神社へ下る坂段道が直進していた。

 上西勝也氏インターネットサイト「三角点の探訪」によれば、「地方自治体などが行う公共測量では多角測量のほうが三角点測量よりも普及しています」とあり、地元の簡便な公共測量に使われた「多角点」のようである。

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                 岩屋山にあった境塚と式見「遠の木場道」の境塚

 平成19年5月、滑石4丁目の農道改修記念碑のあるところから急な尾根を岩屋山に登った。この道が現在、同町多以良初見宅の庭に横たわる「右志きみ 左てぐま」標石の「左てぐま」道の旧道と思われる。
 岩屋山の山頂近くとなり、特徴ある尾根上に写真のとおり境塚と思われる石組みを1つ見た。滑石・手熊の当時の村境と考えられる尾根である。

 私にはあと1つ、気にかけている場所がある。昭和61年刊「式見郷土史」163頁、陸上交通(三)往還の項に、次のとおり記述が出てくる。
(3)遠の木場道
 間役所(現長崎市式見支所)門前より亥(北西)の方箱石峠を経て平山、畝刈村境塚まで二七町一七間(約三粁)牛馬の往来がよく坪山を下って遠の木場に至る。

 これはその前(二)境目巡検に、「永禄六(一五六三)年櫁越前守は馬で家従源左ヱ門を随え、領中の境目をことごとく巡検した記録がある。領内の部落から部落への里道や、村境を明確にするための境界道などは、当時、既に開発されていたものと考えられる」とあるとおり、永禄6年(1563)の記録で、遠の木場道に「畝刈村境塚」なるものがあったというのである。

 このあたりは、滑石トンネルを抜けて矢筈岳に登る山道があったが、「あぐりの丘」への取り付け道路が次々にできてわかりにくくなっている。しかし、一度は出かけて「境塚」が残っていないか調べてみたい。この参考に岩屋山の尾根に見た境塚と思われるものがなるようである。

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          烽火山にある古い「七高山道」「普賢瀧道」「長崎市境」の標石

 写真上から

「七高山道」「従是七面道十一丁」「天明八戌申三月吉日」
 妙相寺から秋葉山神社に上がり、烽火山へは右側の山道に入る。すぐそこにある。昔から正月行事として慣習のある長崎の七高山めぐりの案内標石と思われる。
 「長崎古今集覧」の七面権現祠に次の記述がある。「長崎記云、七面権現ハ中川村二在リ○馬場村ノ街道二本杉ヲ数歩行テ、左ノ農家ノ端角二路アリ、是即放火山ノ路也、此処二七面山十二丁ト石碑建チ有之」。二本杉とは今のシーボルト通り入口あたりだが、この石碑はない。この標石と同じようなものでなかったろうか。
 「長崎市史」に記す「文政六年 江戸麻生 小岩井正甫建 右七面山道」の碑は現在、田尻米穀店の角に明治17年再建されたと思われる新しい碑がある。

「普賢瀧道」
 七面山境内の中ほどの参道脇にある。この標石どおり左の小道に入ると小沢に出る。ここにある瀧の案内標石と思われる。この道は片淵中から健山の山腹を上る烽火山登山道に竹林内で合する。この目印標石ともなる。

「長崎市」「境」
 最近の長崎市有林の境界標石は、すべてコンクリート製で味気がないものになっている。その中でこれはまた、いかにも風格のある古い標石であろう。「長崎市」とだけあるが、市有林の境界標石と思われる。場所は先の秋葉山から烽火山の登山道を行き、植林地に入って山頂への最後の急な登りにかかる。その道脇に1つだけ見た。
 なお、これと全く同じ造りの境界標石を、稲佐山の飽の浦峠尾根道でも見つけている。

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