みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                 女神大橋から神の島・四郎ケ島への風景

 平成19年4月28日、長崎学さるく行事で「長崎の古台場と珍しい標石めぐり」を実施。魚見岳台場跡から女神大橋を渡り、神崎台場跡、天門峰、みなと坂、神の島、四郎ケ島台場跡、神の島公園を巡った。当日のスナップに一部追加した写真。

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               大久保山のマテバシイ  長崎市戸町5丁目

 魚見岳台場から大久保山に登る。山頂近くの鞍部、竹林にかかる手前にこのマテバシイがある。根元から放射状に30本近く、見事に大きさがそろった幹を広げ、たいていの人は感心する。
 木名の語源は、葉の形がマテバガイの形に似ていることや、実の味が大味なので「まてばやがておいしくなる」という事でつけられたとも言われる。

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                    小が倉の大久保山  平成19年8月

 平成19年8月12日(日)、女神バス停に9時半集合。参加10人。魚見岳台場一番上の一ノ増台場から山道に入り、大久保山へ登る。標高233.7m。高い山ではないが、いろいろ歴史がありコースに見所が多い。砕石場跡の広場に出る手前の木立のなかで早い昼食をとる。
 下山は小が倉アパート上のオオ岩など岩稜尾根を下る。メンバーが変わり、この岩場は初めての人が多く、おっかなびっくり眺望を楽しんでもらった。
 本日の山行きのポイントは、魚見岳台場跡、検疫所境石、地理局測点、マテバシイの大木、大久保山三角点、子午線標、標藩境塚数基、砕石場跡の展望、岩稜歩きなどの見学と体験で好評だった。

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                 香焼栗ノ浦鼻山中にある不思議な土塁

 写真のとおり、香焼栗ノ浦鼻山中に不思議な土塁を目にしている。長崎要塞地帯標が香焼島には、竹崎鼻と栗ノ浦鼻に建てられた地図があり、探した地帯標はなかったが、この土塁を見つけた。
 栗ノ浦の鼻へは、現在、伊王島大橋の架橋工事中で、この工事現場からは行けない。集落の右手浜に出て、消防ホース格納庫のところから家の間の路地を上る。先の道と合い踏み跡をつめると、浜から10分もかからずこの地点に着く。
 竹薮が密生し全容はわからないが、高さ3m、直径6m位の小石を積んで築いた土塁。脇岬遠見山の山頂や風車のある脇岬狼煙台で、このような造りを見ていたので、私は不思議に感じた。
 しかし、香焼の遠見岳には市指定史跡のはっきりした遠見番所跡がある。戦時中は高射砲陣地が、この栗ノ浦、遠見岳近くの現中央墓地のところ、田ノ浦にあったと地元で聞いている。栗ノ浦鼻山中の土塁は、昔の狼煙台でなく、戦時中の砲台跡とも考えられる。
 香焼町の郷土誌はふれてないので、参考のため紹介してみた。

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                   為石岩崎墓地にある海難供養塔

 三和町「三和町郷土誌」昭和61年刊783〜785頁の説明は次のとおり。

 三和町為石岩崎墓地入口の一画に「溺死万霊塔」「群霊塔」「女島遭難供養塔」の三基の供養塔が並列して建てられている。この漁村の被害の大きさに胸うたれるものがあり、漁民家族の悲しみが身に迫る思いがする。

      一 溺死者万霊塔
 蛇紋岩の切石で高さ一八七センチの供養塔
 正面  「溺死万霊塔」と刻まれ
 左側面 くだれる世の怖しき心を御安どの御仏の国に導きたまうにや文化十二年の春漁を業とせる此浦人一百五十余人唯ひとゆりの浪に溺れむなしくなりぬその亡(き)跡を弔らわんとこたび浦川沙童この碑を建供養せらるに予も随喜の菩提をなして
 さめよさめよとても  七十四翁   御法とちるさくら  其水
 裏面  文化十二年乙亥二月日  嗚呼時哉 願主  武士と思へば ゆゝし春の海 浦川沙童
 右側面 
春の海に身を清めてや法の道   雨柳
亡影のしるしと塚の柳かな    可□
うかみ行く花の筏や三ッせ川   素石
むらさきの雲や迎へのはるの風  其石
七回のその先を□くみし人々の碑□□ 筆をとるも□□し日に日にて 命毛のたへてはかなき古筆かな  敲雲座一峰
 台石(右)  世話人 射場 六之丞 茂 平  六軒 十五郎

      二 群 霊 塔
 高さ  一〇〇センチの切石の塔
 正面  「群霊塔」
 左側面 施主 高野屋和吉
 右側面 嘉永三庚戌七月
(注)この塔の由来はわからないが、宝性寺の記録によれば、大風のため出漁中の為石村の漁夫50余人が溺死し、当寺で大追善を行ったとしてある。

      三 女島遭難供養塔
 高さ  一二〇センチの御影石
 正面  「溺死精霊塔」
 左側面 明治三十九年旧九月七日 男女島遭難者百九十七名之墓
 右側面 篠原広吉 世話係 浜辺喜一

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