みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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             旧長崎英国領事館のヒトツバタゴ  長崎市大浦町

 赤レンガの建物、旧長崎英国領事館は長崎市大浦町の電車通りにある。野口彌太郎記念美術館となっていたが、美術館は平野町平和会館へ移転していた。
 ヒトツバダゴは対馬に自生していて有名であるが、庭木としてあちこちで見られるようだ。領事館の裏手にもタイサンボクなどの高木があるが、今は中に入れない。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

          ヒトツバタゴ  モクセイ科ヒトツバタゴ属 落緑高木 雌雄異株

 葉は対生で、長楕円形。5月、枝先に円錐花序に白い花を多数つける。花冠は4裂し線形。果実は約1cmの楕円形で黒く熟する。
 日本では木曽川流域(愛知県・岐阜県)、長崎県対馬にしか自生しない珍木。上対馬町鰐浦地区には、国内最大の約3000本が群生している。地元ではウミテラシ、ナタオラシ(ナタが折れるほど堅い木)、ナンジャモンジャノキとも呼ばれている。
 長崎市の野口彌太郎記念美術館の入口にあるヒトツバタゴ。花は4月中旬から。果実は6月頃。長崎では庭木としても見られる。

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               長崎市科学館前のユーカリノキ  長崎市油木町

 長崎市油木町にある長崎市科学館。ここは移転した長崎市立商業高校の広い跡地。長崎県立総合体育館カブトアリーナとともに建てられた。当時の樹木が残っている。このユーカリノキもその1つか。科学館の周辺に植えられた樹木は1本ごとに名札があり、大人でも勉強になる。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

              ユーカリノキ  フトモモ科ユーカリノキ属 常緑高木

 樹皮は灰色で剥がれやすい。葉は狭披針形で長い。革質で鎌のように曲がる。葉は樟脳の匂いがする。4〜5月、3cmほどの白い花を数個つける。雄しべは多数。オーストラリア原産。日本には明治10年頃に入ってきたらしい。
 長崎市油木町にある科学館前のユーカリノキ。側にメタセコイアの高木が2本そびえている。爆心地から遠くない場所にあり、戦後植えられたものだが高木になっている。ユーカリやメタセコイアは成長が速い。世界でもの一・ニを争う高木なのも肯ける。
 蕾は4月下旬、花は5月下旬。果実は7月下旬。

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                    梅園身代天満宮のウメ  長崎市丸山町

 長崎市丸山町にある梅園身代天満宮。丸山公園角の料亭花月前から左へ入る。すぐ右手に参道入口の路地があり、案内標識がある。梅の蕾が一部の木で開きかけていた。
 最後の写真は、料亭花月がすぐ下となるので、庭園を天満宮の隅から写した。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

                       梅園身代天満宮のウメ

 長崎市丸山町にある。元禄13年(1700年)に創建された天満宮。創建した安田治右衛門が襲われ自邸に担ぎ込まれるが、不思議に傷はなく、代りに庭の天神様が血を流して倒れていたことから、身代り天神様と呼ばれるようになった。花街に接していて、丸山の芸者や遊女が多く参拝していたという。
 20本の紅白の梅がある。毎年2月3日に「梅園梅まつり」が行なわれ、夜間にライトアップされる。例大祭(11月第二日曜日)には「女みこし」が披露される。


 (追 記 平成21年2月5日)
 後ろの梅が開花している6枚の写真は、きよう梅園身代天満宮に行って写してきたので、一部差し替えて追加した。

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                 深江町諏訪神社の社叢  南島原市深江町丁

 南島原市となる深江町丁の諏訪神社は、国道251号線がみずなし本陣ふかえ前を過ぎ、まもなくすると道は二手に分かれ、国道は左海岸方へ曲がる。この両方の道の間に神社があり、国道からの入口に案内標識がある。神社の裏が深江小学校と中学校である。
 長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

                 深江町諏訪神社の社叢  県指定天然記念物
 指定年月日 昭和57年7月22日  所在地 南高来郡深江町丁3142ほか  所有者 諏訪神社

 諏訪神社は深江町の氏神で、近くに町立の小・中学校がある。境内は概ね長方形で広く、その中央に南東向きの本殿がある。
 社叢は主に本殿の北西部によく発達している。この社叢のなかにはクスノキのかなりのものが7本ある。その最大のものは、目通り幹まわり6.60mある。このほかチシャノキ(目通り幹まわり2m)、ハリギリ(目通り幹まわり2.1m)が1本ずつあるが、これほどの大木は珍しい。

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                 熊野神社のクスノキ  島原市杉山町

 熊野神社は島原市杉山町にある。国道251号線からは、島原市街の北門交差点から雲仙グリーンロードを結ぶ「がまだす道路」に入る。この途中から三会へ行く右の広い道路に入るとすぐ左方に鳥居が見える。「熊野神社前」のバス停がある。
 現地説明板は次のとおり。大クスノキは社殿の左にあるが、大ムクノキも神社境内の左側の傾斜面にあり、県指定天然記念物となっている。樹齢は歴史書きからともに420年以上と推定されている。

  長崎県指定天然記念物 熊野神社の大クス  指定年月日 昭和三十五年七月十三日指定

 雲仙山麓の代表的な大楠として古くから有名な神木である。目通り幹回り八メートル。
 天正十二年(一五八四)島津・有馬の連合軍と佐賀の龍造寺隆信の率いる軍とが沖田畷(なわて)で戦った。島津藩の将、伊集院忠棟は兵一千を率いてここに陣地を置き龍造寺軍を破って大勝することが出来た。その戦勝の記念に献木したのがこの楠と伝えられている。
                      長崎県教育委員会 島原市教育委員会

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