みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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              長崎市西山川に残るアーチ石橋  中島川上流の川

 長崎市の中島川石橋群はよく知られている。これは桃渓橋から上流の西山川に残っているアーチ石橋。新大工入口から西山ダム上の仁田口にかけての4橋。(馬町交差点にある「鎮西橋」は、後項)
 木場入口から西山ダム河川公園へ行くとき、アーチ橋が木場入口分岐の県道下とその先に西山町1号橋があるが、この橋は最近のコンクリート橋である。
 HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。同HPも参照のこと。

  写真 1  第 27 番  大 手 橋    長崎市新大工町入口
   慶安3(1650)年  長さ12.5m  幅員4.5m(現在は拡幅)
   上からは、ここが橋であることさえ忘れてしまいそう。
   寛永6年27歳で渡来した唐通事の高一覧の私財と募った浄財で架橋された。高一覧は後に桶屋町の一覧橋も架橋したという。
   親柱が、暫らくは付近にあったが、無くなってしまったと聞いていたが、電車通りの向うの曹洞宗光雲寺の門柱になっていると聞いて見に行ってきた。残念ながら文字は確認できなかった。
   ばってん亀さんのご好意で昭和8年8月12日撮影の大手橋の写真をお借りしました。当サイトでは50%に縮小して掲載しています。
   大手橋は昭和7(1982)年ころ、交通に不便ということで、それまでの階段付きの上部を車が通れるように改造されたので、上部がフラットになってガードレールとでも言いたくなるような白い手すりが付いていることがわかる。これまでの大水害でも崩落することもなかったが、昭和57(1982 )年の大水害の災害復旧の河川改修工事に伴い、現在の橋の上部は改修されたが、ア-チ部分は建設当時のまま残っている。

  写真 2  第 50 番  拱(こまねき)橋  長崎市西山 
   明治36年       長さ17.3m  幅員9.4m
   長崎大学経済学部正門に架かる橋。中島川の支流、西山川に架かる。緩やかなアーチと丁寧に加工された部材。要石には他の枠石とは異なる加工がされている。
「拱橋」は、平成19年(2007)12月、文化庁の登録有形文化財となった。現地説明板は次のとおり。
                   拱(こまねき)橋 (旧長崎高商拱橋)

 石造単アーチ橋、橋長17m、幅員9.1m
 長崎大学経済学部の前身である長崎高等商業高校は西山川左岸東側に造成されたため、西山川を横断して道路と接続すべく明治36年(1903)11月30日に拱橋が架設された。高商設立当時の構造物である。拱橋上流には明治39年(1906)に西山橋。大正13年(1924)に片淵橋、すぐ下流には矢場下橋(大正13年)が建設されたが、すべてコンクリート橋である。
 トラス形式の鉄製橋梁では学校正門前の橋梁には相応しくないため、上部空間が開かれた上路式アーチ橋が選ばれたと考えられる。石材の表面は細かく加工され、日本の石造橋が持つ土着性から離れた、端正な近代的設計がなされた石橋である。

 途中の写真2枚は、木場入口分岐県道下と西山町1号橋の最近アーチ橋

  写真 3  第 81 番  高 麗 橋      長崎市西山ダム河川公園
   承応元(1652)年に中島川上部の伊勢町に架橋されたのが最初。長さ 15.5m 幅員 4.8m
   河川公園を散策できる、西山のご近所の方がうらやましい。
   慶応2(1866)年に拡幅改架され、昭和57年7月の大水害後の河川改修により昭和60年に解体し平成5年3月に現在地に移築。

  写真 4  第 99 番  西山無名橋     長崎市西山の貯水池上流
   大正7年ごろ      長さ 約7.0m 幅員 約3.0m
   仁田口バス停から右へ入る。東洋商会のまえ。西山貯水池上流。
   下流側はコンクリートで囲まれてアーチ橋とは見えない。僅かに上流側からわかるだけの状態。

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       西山ダム河川公園に移築復元されている高麗橋  長崎市西山4丁目・木場町

 長崎市東部。国道34号線の諏訪神社前から長崎バイパス西山トンネルへ行く県道に入る。バイパス道と分岐する木場入口交差点から左折。バイパス道の下を通り、西山ダムの堰堤下に行くと河川公園がある。
 高麗橋の石橋は、もと中島川の伊勢の宮前に架かっていた。大水害後の河川改修のため解体し、平成5年に西山ダム河川公園に移築復元されている。長さ15.5m、幅員4.8m 。
 現地説明板は次のとおり。
                          高 麗 橋

 この橋は、もと、中島川上流部の伊勢町、八幡町間に架けられていた石造アーチ橋である。承応元年(1652年)明国人によって創架されたと伝え、慶応2年(1866年)に拡幅改架された。昭和57年7月の大水害後の河川改修のため、昭和60年に解体し、平成5年3月、現在地に移築復元した。移築にあたっては、アーチ石等の主要部は旧材を用いたが、川幅が広がったため端部には石材を補足し、また失われていた高欄も復旧した。

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                  河内神社のムクノキ   長崎市芒塚町

 国道34号線の網場道バス停から日見へ入る。右方谷沿いに日見峠へ上がる車道(旧長崎街道)があり、5分ほど行くと右手に河内神社の鳥居がある。
 ムクノキの大木が、入口ほか境内に5本ある。境内は駐車場となり、左側に新しい2階建の芒塚公民館が建っている。
 Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

                       河内神社のムクノキ

 河内神社は日見新道沿の芒塚公民館近くにある。山門入口の道路傍にそびえている。根元の幹は板根になって、幹周り3mはある巨木。境内にはムクノキの大木が数本見られた。

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