みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                  権現鍾乳洞  上天草市姫戸町二間戸

 国道266号線で龍ヶ岳町から姫戸町へ入った町境。海岸に突き出たところに権現山(標高221.2m)がある。鍾乳洞はこの山腹にあり、ヤマハマリン天草製造株式会社正門のちょうど裏方となる側の国道から山手へ車道を上って行く。

 道路標識は姫戸側からのみ表示があった。車道行止まりに駐車広場があり、ここから歩いて5分だが、途中はすごかった。崖斜面を大工事している。落石の危険がある道である。
 小さな規模の鍾乳洞。そのためパンフレットやHPではあまりふれないのではないか。
 上天草市教育委員会編「上天草市の文化財」平成18年刊31頁による説明は次のとおり。市指定天然記念物ではない。権現のいしぶみ、普賢菩薩の由来は現地説明板から。

                 天然記念物  権現鍾乳洞  (姫戸町二間戸)

 権現山の八合目付近に、その鍾乳洞は在ります。入り口の高さは6m、幅2.5m、調査済みの奥行きは130m。天草で唯一の鍾乳洞です。入り口から7.8mほど入った所が25畳敷き程の広場となって権現大明神が祭られ、その地点よりさらに120m奥に、阿弥陀如来像が奉られています。
 現在より七千万年前に隆起して、一万年前に山口県・秋吉台の鍾乳洞と同じように完成していましたが、鍾乳石柱と鍾乳石は盗難に遭い、現在は観察することができません。

     権 現  いしぶみ

 水の流るゝ如く悠久幾千万年、幽玄神秘の鍾乳洞、奥行124m、洞奥に御二体阿弥陀如来御安置。向かって右側、享保19年甲寅(1734)、八代将軍徳川吉宗の治世、栖本町円性寺住職真誉観円法界結縁のため寄進。…途中略…
昭和59年4月1日、神代区に於て権現道路開通式並阿弥陀如来250年、同99年法要、権現様109年祭を神仏式にて盛大に行ふ。之を記念し神代区並ゆかりの人、相はかり此のいしぶみを建立す。
 昭和61年10月吉日
  神代区  栖本町  円性寺      竹中重次郎孫  竹中虎雄
  古賀弥平次曽孫  古賀康口 〃 古賀兼八 〃 堀江イツ 〃 西岡フジエ
  田中庄屋家末裔  田中秀穂     設計施工奉仕  松本組

    普賢菩薩の由来

 権現鍾乳洞北穴の石仏は古老の云い伝へに普賢菩薩と云はるるが寄進者氏名号等不明なりしが平成5年本渡市宮地岳町旧中西庄屋家の末裔中西隆昭氏より中西家の先祖が宮地岳町行人岳と二間戸穴権現に普賢菩薩を寄進したる旨代々庄屋家に云い伝えありと調査依頼あり。
 翌6年3月中西家より行人岳(477m)普賢菩薩の祭礼に御案内を頂き参詣。同菩薩像前の碑に寛延3年(1750年)中西庄屋家4代中西忠左衛門は5代庄屋を弟亀右衛門にゆずり全国行脚四国に於て普賢菩薩御二体弁財天御一体を奉戴すと銘記あり中西家の御寄進と確認せらる。
 御安置以来246年暗黒の北穴入口に或いは風雨に晒され北穴の仏様として神代区民の信仰篤きところである。茲而普賢菩薩の由来を誌し後世に伝えんことを願い由来の碑を建立す。
 平成8年4月吉日                            姫戸町文化財保護委員会
 普賢菩薩は釈迦の高弟で仏の理知と慈悲の徳を司り衆生済度のためにつくされると云われます。昭和47年天草大水害のため北穴に土砂流入し危険のため普賢菩薩像は権現鍾乳洞入口に御移転仮安置されております。

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                     龍ヶ岳  上天草市龍ヶ岳町龍ヶ岳

 龍ヶ岳は、天草上島南端に位置し、標高470mの高峰。干巌山などと天草における2大展望所の1つ。国指定名勝。国道266号線に登山道路はいろいろあるが、私は龍ヶ岳町鳴川から上がり、姫戸町二間戸へ下った。
 熊本県観光サイト「なごみ紀行 くまもと」による説明は次のとおり。

  龍ヶ岳山頂広場

 不知火海に面した、標高470mの龍ヶ岳山頂にある公園です。天草海の大小さまざまな島、対岸の八代や雲仙普賢岳までもが見える眺望のよさです。この山頂展望所を訪れた詩人野口雨情も「阿蘇や雲仙霧島までも龍ヶ岳からひとながめ」と詩を残しています。山頂公園内には、ロッジ4棟・バンガロー10棟・テントサイトがそろっているキャンプ場があります。ミューイ天文台近くにあります。桜の名所としても知られています。

 山頂からは樋島や御所浦島など八代海に浮かぶ島々が一望でき、晴れた日には遠く、阿蘇・雲仙・霧島なども眺められ、国の名勝に指定されています。
 
 所在地 上天草市龍ヶ岳町龍ヶ岳

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                      倉 岳  天草市倉岳町棚底

 天草最高峰の山、倉岳は標高682m。天草市倉岳町の背後にそびえる。倉岳への登山道路は倉岳町からと、反対の栖本町側からあり、山頂まで車で行ける。
 旧倉岳町HPによる説明は次のとおり。山頂井戸「倉岳霊水」の説明は、現地石碑から。

   天草最高峰の倉岳

 「観海アルプス」と呼ばれる山々が連なる天草上島東海岸。 その一角を占めるのが天草最高峰の倉岳です。眼下に不知火海と点在する島々が広がります。島影の向こうから朝日が昇るさまは神秘的です。

  ◇ 倉岳霊水
 昭和30年12月御所浦出身の日本山妙法寺近藤妙有法尼が、平和祈念の宝塔建立のため、倉岳町を訪れた際、倉岳神社に水がないと聞き、当山頂に向かって2時間に及ぶ祈りを奉げ、霊感を得て直ちに登山し、この場所を掘り下げたところ岩間から水がにじみ出た。
 この霊水は未来永劫涸れることはないと法尼は言い残している。

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                    諏訪神社の大蘇鉄  天草市諏訪町

 「ふるさと熊本の樹木」登録樹でないが、本渡市指定文化財の「諏訪神社の大蘇鉄」がある。
 諏訪神社は、本渡市街の中央部、諏訪町にある。港町交差点から県道24号線本渡下田線により栄町を過ぎた天草厚生病院の角から右へ入る。
 現地説明板は次のとおり。さざれ石の鉱石実物やコンクリート造の赤橋があった。

                   本渡市指定文化財  諏訪神社大蘇鉄
 
  指定年月日 昭和47年9月27日  管理者 本渡諏訪神社 宮司 大野康孝
 この蘇鉄は、大正4年(1915)浜宮(現在の中央新町)より現在地への諏訪神社遷宮を記念し、翌大正5年に氏子の森邦太郎・鶴田八十八の両氏が奉納した蘇鉄である。樹齢200余年を越え、社殿に向かって右は、樹高6.1m・根回り4.4m、左は、樹高5.7m・根回り4.0mの巨木で、両方とも雌樹である。主幹が真直ぐに伸ぶ均整のとれた見事な枝振りと、樹勢の盛んな貴珍の銘木として社頭の景観をかたどり、多くの参拝者に親しまれている。
                                本渡市教育委員会

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                     百貫石(百貫様)  天草市本町本

 あまたん氏HP「天草探見」(検索は「探検」でない)を見ていたら、この石の写真が出ていた。写真写りがよいので、本渡市平床地区へどんな石か見に行った。
 本渡市街から天草空港の方へ向い、一の瀬交差点から県道44号本渡芦北線へ左折して入る。本町小学校や鈴木神社前を過ぎ、県道が山越えにかかりカーブする所まで進む。この手前に平床公民館があり、地区案内図に百貫石の位置を書いていた(黄線場所)。

 後は自治会がつけた道標により進む。とにかく平床川上流部の支流(松の塚川)である。車道脇の木橋から歩き、植林地を登って10分。川の中央寄りに大きな石がドンとあった。
 縦横8mほど。さほど大きくはない。どこにでもある石と思うが、伝説と石祠がある。地区が大切にしているから、やはりいい石であろう。周りに杉の大木が数本立つ。
 登る途中に一の滝を見る。写真は忘れた。HP「百貫様の滝」によるとあと2つ、上流にある。
 木橋入口の地元自治会説明板は次のとおり。

                         百貫様由来

 平床川の源流、通称ゲダの迫の苔むした杉小立の中に百貫石と言う巨大な石がありました。
 その頂点に慶応の御代より春日大明神をおまつりしています。
 子供の引きつけには凄い力の霊験があると言われております。
 その百貫石の下に昔から金の鳥が棲んでいて、一年に一度、大晦日の夜更けに石の下より出て羽ばたき水浴をすると言い伝えられています。
 その水を飲むと長寿を保つ事ができるそうで、1930年代までは金の鳥の霊験にあやかりたいと、一家の主人が元旦の明け方、まだ暗いうちに必ず平床川の源流の水を汲み、お茶を沸かし、神棚に供え家族全員でいただき、一年間の無病息災を祈願したそうです。
 現在では毎年4月8日に、平床地区民や各地区からの参詣者も多く境内一杯賑わっています。
 この巨大な石は、実際は約750トンあり、貫に換算しますと20万貫になります。
                     2006年11月  平床自治会

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