みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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               武家屋敷のナンヨウスギ  五島市武家屋敷2丁目

 武家屋敷2丁目の通りにある「武家屋敷通りふれあい館」は、市文化財に指定された武家屋敷の遺構を生かして建設された。入場は無料。休憩所としてくつろげるよう、茶を楽しめる和室、喫茶コーナーがあり、イベントホールの外、展示ホールには歴史写真を展示している。
 ナンヨウスギの大木は庭の奥の方に立つ。
 五島市観光協会HP「五島市観光情報サイト 五島」天然記念物・植物による説明は次のとおり。
                          ナンヨウスギ

  種別 天然記念物 指定年月日 未指定 所在地 五島市武家屋敷2丁目1番20号
  所有者 五島市
 市指定史跡「福江武家屋敷跡」は、現在「福江武家屋敷通りふるさと館」として、保存、公開されているが、その裏庭に日本では珍らしいナンヨウスギが、天高く異様な葉形と姿を見せている。
 この樹は南方系のもので、以前の所有者であった播磨氏が南洋から鉢植えの盆栽として持ち込んだもので、貴重な樹木である。武家屋敷の保存とともに、この樹も樹齢極限まで保護したいものである。根周り2.1m、目通り周り1.9mで樹勢旺盛、枝葉も整っている。

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                        常灯鼻  五島市福江町

 五島市指定史跡「常灯鼻」は、福江港ターミナル近くから北西方の漁協などがある岸壁を見るとすぐわかる。福江川河口の海岸通りを行き、港大橋を渡ってこの突堤へ着く。
 五島市観光協会HP「五島市観光情報サイト 五島」による説明は次のとおり。

                      福江港の常灯鼻  ◎福江港内

 第30代五島盛成が福江城(石田城)を築く際、北東から吹き寄せる巨浪を防ぎ,築城工事を容易にするため,城代家老松尾頼母を総監督とし,蔵奉行小田幸右衛門を現場責任者として築かせた。
 弘化3年(1846)5月に完成し,さらに丸木よりの導水堤(防波堤)ができあがったのは嘉永元年(1848)。築城術の発達した江戸時代末期の造りだけあって、造築以来百余年,激浪に耐え,出入の船舶を守り、秀麗な姿を水面に映し、城下町ムードを盛り上げている。
        

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                       明人堂  五島市福江町

 福江港ターミナルから福江商店街へ入る。奥浦方面への県道162号線により唐人橋へ向かうと、橋の少し手前左方に五島市指定史跡「明人堂」がある。
 五島市観光協会HP「五島市観光情報サイト 五島」による説明は次のとおり。

               倭寇の守り神・明人堂  ◎福江港から歩いて10分

 天文9年(1540)、当時東シナ海を舞台に貿易商として活躍していた明国の王直は、通商を求め福江に来航した。財政的に苦しんでいた領主宇久盛定公は喜んで通商を許し、城下(江川城)の高台に居住地を与えた。これが現在の唐人町である。
 その一画に王直ら中国人が、航海の安全を祈るために廟堂を建立し、その跡が現在の明人堂であると云われている。王直はその後、平戸に居を構え、倭寇の大頭目に転じていくことになる。以前は明人堂のそばに、交易の時に使用したと思われる荷揚げ場が残されており、付近一帯が交易の場として栄えていたと思われる。
 現在の新しい明人堂は、官民一体となった建設資金の募金活動により、島内外の浄財を集め建設されたものであり、建設にあたっては石材等は中国から取り寄せ、中国風の瓦葺きや壁画は中国の工人の手によりなされたものである。

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                   六角井(ろっかくいど)  五島市江川町

 福江港ターミナルから福江商店街へ入る。奥浦方面への県道162号線により唐人橋へ向かうと、橋の少し手前に案内標識があり、県道から右方路地へ入るとすぐ県指定史跡「六角井」がある。
 五島市観光協会HP「五島市観光情報サイト 五島」による説明は次のとおり。

                  倭寇の遺跡・六角井戸  ◎明人堂のすぐそば

 倭寇の頭目・王直が、当時深江と呼ばれていた福江に来航し、藩主に通商を求めたのは天文9年(1540)である。江川城主第17代宇久盛定は、海外貿易の必要を認め、財政再建のため通商上の黙約を結んだ。そして彼らに居住地(現在の唐人町)を与え、更に飲料、船舶用水として江川城本丸下に井戸を掘らせた。これが六角井戸である。
 平戸市にある六角井より早く造られたこの井戸は、井戸枠(広いところで125センチ)を六角形に板石で囲み、井戸の中も水面下まで六角形の井壁が板石で造られているので、ちょうど六角柱を地中に立てたような形になっている。
 五島における倭寇時代の貴重な遺跡の一つである。

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                  六角井近くのナタオレノキ  五島市福江町

 福江港ターミナルから福江商店街へ入る。奥浦方面への県道162号線により唐人橋へ向かうと、橋の少し手前の左手の一角に、大きなナタオレノキの木があり、説明板が付いていた。県道向い側には県指定史跡「六角井」があるところである。
 五島市観光協会HP「五島市観光情報サイト 五島」天然記念物・植物による説明は次のとおり。
                          ナタオレノキ

   種 別 天然記念物  指定年月日 未指定  所在地 五島市末広町
 ナタオレノキは、別名サツマモクセイといわれているとおり、モクセイ科の植物で、10月中旬ごろ香り高い純白の花をつけ、街行く人の心をやわらげている。以前は、河川改修前の福江川がナタオレノキのたもとを流れており、川のせせらぎとともに、風情が漂っていた。
 この木は雌雄異株の植物で、雌樹は少ないといわれているが、このナタオレノキは雌樹であり、老木ながら生気は盛んで、根回り10m、樹高8mの大木となっている。ナタでも折れる堅さから、この名が付いたと思われる。長崎県では、男女群島、奈留島船廻神社の社叢、平戸南部、中通島北部、対馬南部の神崎半島などに見られる貴重な植物である。

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