みさき道人 ”長崎・佐賀・天草etc.風来紀行”

■写真ブログ/長崎・佐賀ほか ●風景・史跡・古写真・巨樹・石橋・滝・山野歩き・標石・戦跡 ●江戸期の「みさき道」

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                   本河内低部(水道)堰堤  長崎市本河内

 JR長崎駅前から「蛍茶屋」行き電車、または国道34号線により諏訪神社前馬町交差点を通って「蛍茶屋」まで行く。電停左の道へ入ると本河内低部(水道)堰堤下へ出る。
 
 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。
 
             本河内低部(水道)堰堤  長崎県長崎市本河内   〔堰 堤〕

  明治30年代の水道ダムで頂部に2本の線あり。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市
  ●完成年:1903年(明治36年)
  ●設計者:吉永長策
  ●施工者:不明
  ●管理者:不明
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●高さ:22.71m
  ●延長:115.15m
  ●形式:粗石コンクリート(コンクリートブロック張)重力式ダム

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  本河内低部堰堤は、明治36年に本河内高部貯水池の下流に完成した日本で2番目のコンクリート造の水道ダムです。長崎市域の拡張に伴う人口の増加により、長崎市第1次水 道拡張事業により建設されたものです。
 当時の絵はがきにも登場するほど、長崎市の観光名所の一つとなっていました。隣接する本河内高部ダムと低部ダムの二つのダムからでも、明治期の技術革新の推移を見ることができます。

交通アクセス  長崎から国道34号線を日見ヘいく途中にあり。

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                  本河内高部(水道)堰堤  長崎市本河内町

 JR長崎駅前から「蛍茶屋」行き電車、または国道34号線により諏訪神社前馬町交差点を通って「蛍茶屋」まで行く。
 国道をそのまま進み、「妙相寺入口」バス停から左の道に入ると、国道高架下に「本河内高部浄水場」があり、裏側に本河内高部(水道)堰堤がある。新堰堤が上流側に建設され、新堰堤上を通って一周でき、貯水池や浄水場を見学できる。
 貯水池の底には、市指定有形文化財「まぼろしの石橋」が眠る。新堰堤は嵩上げして造られ、渇水期でも永久に姿は見られないと言う。
  参 照  http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/27569674.html

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

          本河内高部(水道)堰堤  長崎県長崎市本河内町   〔堰 堤〕

  日本初の水道用ダム、左右に分かれた石階段がある。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市本河内町
  ●完成年:1891年(明治24年)完成、1923年(大正12年)嵩上げ
  ●設計者:吉永長策
  ●施工者:不明
  ●管理者:長崎市水道局
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●高さ:18.15m
  ●延長:127.27m
  ●形式:アースダム

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  本河内高部堰堤は、明治24年に完成した日本最初の近代水道ダムです。長崎では、横浜、函館に次いで、我が国3番目の水道施設が建設されました。当時の長崎市年間予算の実に倍に当たる30万円を投入して建設されました。
 煉瓦製の導水トンネルの両横に管理用階段を配置した格調高い美しいダムです。長崎市民が誇る、長崎市を代表する近代化遺産といえます。

交通アクセス 長崎駅前から「蛍茶屋(ほたるじゃや)」行き、路面電車「蛍茶屋」下車徒歩約15分

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               本河内低部(水道)堰堤放水路橋  長崎市本河内

 JR長崎駅前から「蛍茶屋」行き電車、または国道34号線により諏訪神社前馬町交差点を通って「蛍茶屋」まで行く。電停左の道へ入ると本河内低部(水道)堰堤下へ出るが、放水路橋は堰堤上にあり近寄れない。
 国道をそのまま進み、一方通行で別々となっている高架道の登り車線と下り車線が合い右折できるところから下り車線へ入ると、右方にすぐ堰堤上の放水路橋入口門があるが、施錠している。適当な所に車を停め、車の通行に気をつけながら、現地へ歩いて行くしかない。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

         本河内低部(水道)堰堤放水路橋  長崎県長崎市本河内   〔橋 梁〕

  日本初のRC橋。スパンドレル部に三角飾りあり。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市本河内
  ●完成年:1903年(明治36年)
  ●設計者:吉永長策
  ●施工者:不明
  ●管理者:長崎市水道局
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●橋長:12.5m
  ●径間:12.5m(A)
  ●形式:RC充腹アーチ(メラン式)

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  本河内低部(水道)堰堤に架かる放水路橋は、長さ12.5m、RC充腹形式の日本初のRC橋です。スパンドレル部には、三角飾りがあり、放水路の水階段が非常に美しい水景観をつくっています。

交通アクセス 長崎駅前から「蛍茶屋(ほたるじゃや)」行き、路面電車「蛍茶屋」下車徒歩約15分

 (参 考)
     プレストレスト・コンクリート橋  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 プレストレスト・コンクリート橋とは、プレストレスト・コンクリート(PC)を使用した橋梁のことをいう。プレストレス・コンクリート橋では、PC鋼材を使って、通常の鉄筋コンクリートに比べて強い荷重に対抗する事ができる。これによって鉄筋コンクリートよりも、長い支間長(スパン)を可能にするものである。

 鉄筋コンクリート橋よりも、単位あたりのコストがかかる。 プレストレス・コンクリート橋でも鉄筋コンクリートと、ほぼ同等の鉄筋が必要であり、鉄筋コンクリートにPC鋼材が加えられていると言える。また、鉄筋コンクリートに比べ高強度のコンクリートが使用されるのが一般的である。
 PCによって建設された橋梁をPC橋と呼び、国内の新設コンクリート橋のほとんどがこのタイプによる。ただし、製作メーカーは限られる。社団法人プレストレスト・コンクリート建設業協会を参考のこと。
 なお鉄筋コンクリートのことをRCと呼ぶ。鉄筋コンクリートのみの橋梁をRC橋と言う。またRC橋を、少数のPC鋼材で補強した橋梁をPRC橋と呼ぶ。

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                     西山(水道)堰堤  長崎市西山

 長崎市街からなら国道34号線諏訪神社前馬町交差点から長崎バイパスに入る県道235号線により行く。西山トンネルにかかるバイパス分岐手前に木場入口交差点があり、右折して木場方面へ向かうと、すぐ西山(水道)堰堤上に着く。
 新ダムの堰堤下は河川公園として整備され、前ダムの放水口石門や中島川の石橋「高麗橋」が移築復元されている。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

               西山(水道)堰堤  長崎県長崎市西山   〔堰 堤〕

 明治30年代の水道ダム。頂部に2本の線+デンティル。新西山ダムの湖中に保存。

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県長崎市
  ●完成年:1904年(明治34年)完成→1993年(平成5年)新西山ダムとなる。
  ●設計者:吉村長策
  ●施工者:不明
  ●管理者:長崎市水道局
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●高さ:18.15m
  ●延長:139.39m
  ●形式:粗石コンクリート(コンクリートブロック張り)重力式ダム

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  明治34年に完成した西山堰堤は、長く長崎市民の水がめとしてその役割を担ってきましたが、昭和58年の長崎大水害の際に、市の中心部を流れる中島川が氾濫したため、堰堤の約60m下流に、治水機能を備えた新しいダムを建設することになりました。
  その際、西山堰堤は、長崎の価値ある土木遺産として保存されることになり、現在、新しいダムの貯水池内に古いダムが保存されるという珍しい景観が創りだされることになりました。
  新たに建設された新西山ダムは、旧ダムの造形を継承するとともに長崎らしいデザインとなっています。ダムの天端にはグラバー邸に用いられている格子模様の洋風高欄が採用され、また、ガス灯風の照明、通廊入り口扉にはステンドグラスが使われる等と、長崎の異国情緒たっぷりのデザインとなっています。

交通アクセス  長崎バイパスの交差道路を経由して約1分

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              伊木力橋梁,山川内(袴川)橋梁  諫早市多良見町

 長崎市街から大草経由JR長崎本線沿いの県道33号線により行く。長与駅を過ぎ松ノ頭峠のトンネルを越すと鉄道とも大村湾岸の伊木力へ下る。
 伊木力へ出る手前に下川内バス停があり、右方山川内の谷間に長崎本線伊木力橋梁,山川内(袴川)橋梁が続けて見える。
 諫早市多良見町からなら、国道207号線により伊木力まで行く。
 後の3枚は、すぐ近くにある赤煉瓦造の跨道橋と峠にかかる松ノ頭トンネル出入口。

 土木学会編「日本の近代土木遺産(現存する重要な土木構造物2000選)」の中より、九州での河川、道路を主とする公共的な土木施設を紹介した社団法人九州建設弘済会HP「土木遺産 in九州」長崎県の中の説明は次のとおり。

       伊木力橋梁,山川内(袴川)橋梁  長崎県諫早市多良見町   〔橋 梁〕

  石洪渠を含め知られている鉄道用の石アーチは3例のみである。          

所在地・完成年等
  ●所在地:長崎県諫早市多良見町
  ●完成年:1898年(明治31年)
  ●設計者:不明
  ●施工者:不明
  ●管理者:不明
  ●文化財指定等:

施設の形式・諸元
  ●橋長:6.1m(単線)
  ●径間:9.1m
  ●形式:石拱渠(石ポータル、放物線)

遺産の説明(社会的背景・歴史的・文化的価値など)
  伊木力橋梁は、多良見町山川内郷の道路を跨ぐJR長崎本線にある現役の拱渠橋です。重厚な石造りで、アーチは放物線状をなす総石造りの鉄道用拱渠は大変珍しいものです。
 山川内橋梁は、多良見町山川内郷の山川内川を跨ぐJR長崎本線にある現役の拱渠橋です。重厚な石造りで、比較的大きな川を跨いでおり、石洪渠では最大のスパン長を誇ります。アーチは、特異な放物線状をなす総石造りの鉄道用拱渠は大変珍しいものです。

交通アクセス  長崎本線 本川内駅より車で約5分

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